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DX提案 - 初動実務⑦|導入事例をどう使えば判断が前に進むのか

資料ファイルを手にした女性が会議で要点を説明し、参加者が聞いている様子
宮崎祥一の顔写真

執筆者:宮崎 祥一

Honeywell、Experian、Teradata、Avanade、SAS Instituteなどで、アナリティクス領域の事業開発に従事。製造業を中心に、医薬や金融など多様な業界において、導入事例が乏しい新領域の提案も含め、案件創出から受注までを主導してきました。2023年にHoneywellのAccount Management Directorを退任。現在は株式会社アルファブランディングを通じて、DXや新領域のソリューションにおける初期提案の設計支援を行っています。

はじめに|事例を見せても「うちは違う」で止まってしまう


提案の場で事例を出したのに、「ただ、うちとは状況が違いますよね」と返されて止まった経験はありませんか。

似た業界、似た課題、導入後の変化まで丁寧にまとめた資料を用意したつもりでも、相手の頭の中では「共通点」より「違い」のほうが先に立ってしまう。ひどいときは、事例を見せたことで逆に違いを意識させてしまい、話がそれ以上進まなくなることもあります。

この問題は、事例の数や品質に原因があるわけではありません。多くの場合、事例の使い方が、提案先の判断に届く形になっていないことが原因です。

事例は現場への取材をもとに作られているため、現場の課題感や導入時の変化は具体的で臨場感があります。ただ、そのぶん現場の話に寄りやすく、提案先の経営課題や意思決定の論点にそのままつながるとは限りません。営業側がそれをそのまま提示すると、相手には「他社の現場でこうでした」という話としては伝わっても、「自社として今何を判断すべきか」までは見えにくくなります。

このコラムでは、なぜ事例が提案を前に進めにくいのかを整理したうえで、事例を自分ごと化と判断の前進につなげるにはどう使うべきかを見ていきます。

1. 課題と背景|事例が提案を前に進めにくい理由


1-1. 事例は現場の声をもとに作られているため、現場課題に寄りやすい

多くの導入事例は、実際に使った現場の担当者や責任者への取材をもとに作られています。「どこに困っていたのか」「導入して何が変わったのか」「現場でどう評価されているのか」といった点が具体的に書かれており、抽象論よりも導入後のイメージを持ちやすいという強みがあります。

ただし、この強みはそのまま弱みにもなります。現場の声を中心に構成された事例は、どうしても業務上の困りごとの改善に焦点が寄りやすく、それがなぜ経営判断に値する話なのか、なぜ今このテーマを優先すべきなのか、という視点は読み取りにくいのです。

営業側が事例をそのまま使うと、提案先に伝わるのは「他社の現場が楽になった話」に留まりやすくなります。安心感はあっても、意思決定の前進材料にはなりにくい、というのがこの種の事例の構造的な限界です。

1-2. 臨場感があるほど、「うちとは違う」が出やすくなる

事例に臨場感があることと、提案先が自分ごとして受け取ることは、同じではありません。むしろ現場の具体性が高いほど、提案先は細かな違いに目が向きやすくなります。

同じ業界の事例であっても、扱っている製品が違う、業務プロセスが違う、組織規模が違う、既存システムが違う、ということは普通にあります。営業側は「業界も近いし課題も似ている」と思って提示していても、読み手は「でも、うちはそこが違う」と感じやすくなるのです。

このとき、事例は安心材料にはなっても、前進材料にはなりません。読み手の頭の中では「導入できる会社もあるらしい」ことは分かっても、「では自社が今このテーマを進める理由」までは見えていないからです。

1-3. 現場課題の事例は、上位者の判断材料になりにくい

事例が前に進みにくい理由の根本はここにあります。現場課題の改善だけに焦点を当てた事例は、現場担当者には響きやすくても、部門長や役員の判断材料にはなりにくいのです。

上位者が見ているのは、業務が楽になるかどうかだけではありません。そのテーマが事業運営、収益性、在庫管理、顧客対応、供給体制などにどう関わるのか、他の投資テーマより優先する根拠があるのか、といった論点です。ところが多くの事例は、そこまでの接続が明示されていません。

だから、事例を見せても「現場の改善事例としては分かるが、うちが今それを判断すべきかは別だ」という反応になりやすくなります。事例が止まりやすいのは説得力が弱いからではなく、判断の論点に届いていないからです。

2. 課題の構造|現場事例がそのまま「自社の判断材料」にならない理由


2-1. 読み手が知りたいのは、自社への当てはまり方である

提案先が事例を見て知りたいのは、他社が成功したことそのものではありません。知りたいのは、その話が「自社にどのように当てはまるのか」です。

事例の価値は「似た会社が導入している」だけでは生まれません。その事例の中にある課題、背景、打ち手、効果のうち、どこが提案先にも通用し、どこがそのままでは通用しないのかが見えて、初めて意味を持ちます。この観点がないまま事例を出すと、読み手は違い探しを始めます。

当てはまり方を示せると、事例は単なる参考情報ではなく、自社の判断材料へ近づきます。ただ、その「当てはまり方」を示すためには、事例をそのまま見せるだけでは足りません。現場の話を、より上の視点で捉え直す操作が必要になります。

2-2. 現場の話に近いほど、判断の論点から遠くなる

事例が現場課題の言葉で書かれているほど、それは現場担当者の共感を得やすい半面、上位者の判断に届きにくくなります。

たとえば「入力作業を減らす」「帳票作成を効率化する」といった改善は、現場には分かりやすくても、部門長が「今これを優先する」と決断する論点にはなりにくいのです。そもそも上位者が判断を求められる場では、「この投資を通じて何が変わるのか」「他のテーマより先に取り組む理由は何か」が問われます。

現場事例はその問いに対して、直接答える形に設計されていないことが多いのです。これが、事例が安心材料にとどまりやすく、前進材料になりにくい構造的な原因です。

3. 解決策|事例を前進材料として使う4つの手順


3-1.【Step1】何の判断を前に進める事例なのかを先に決める

最初に決めるべきなのは、事例のどこを見せたいかではありません。その事例で何の判断を前に進めたいのか、を先に定めることです。

検討開始なのか、関係部門の巻き込みなのか、上司への説明なのか、役員承認の前進なのか。ここが曖昧なまま事例を出すと、事例は「参考として見せた資料」で終わりやすくなります。事例は、どの判断を前進させるために使うのかが決まって、初めて意味を持ちます。

3-2.【Step2】現場事例を業界共通課題へ引き上げる

次に行うべきは、事例をその会社固有の話としてではなく、業界で起きやすい構造的な課題として読み替えることです。

たとえば、ある製造業での需要予測改善の事例であれば、「A社の成功談」として扱うのではなく、「需要変動が大きい業界では、拠点ごとの情報分断が供給判断の遅れを生みやすい」という業界共通の構造課題へ引き上げます。「A社で残業時間を削減した事例」をそのまま見せるのではなく、「労働集約型の運営から脱却し、生産性を再設計する必要がある」という共通課題として提示する、というイメージです。

こうすると、読み手は「完全に同じではないが、自社にも近い構造がある」と受け取りやすくなります。これが、自分ごと化の起点になります。

3-3.【Step3】業界共通課題を経営アジェンダに接続し、提案のゴールを置き直す

業界共通課題として引き上げたら、それを経営アジェンダにつなげます。「現場で困っている」ではなく、「この課題を放置すると、どの経営課題に影響するのか」を明示するのです。

在庫最適化、収益性改善、供給体制の見直し、顧客対応力の強化、営業生産性の平準化など、中期経営計画や事業方針で重要視されているテーマへ接続します。すると、その事例は現場改善の話ではなく、「今このテーマを判断する理由」を支える材料になります。

ゴールを経営アジェンダに置けると、提案の幅も広がります。業務課題だけに閉じないため、「入力削減」という近い目標ではなく、「収益性の改善」「供給判断の精度向上」といった遠い目標に向かう道筋として提案を組めるようになり、自社が得意なルートを通る余地も生まれます。

3-4.【Step4】自社が通しやすいルートとして提案を組む

最後に行うべきは、事例を見せて終わるのではなく、そのゴールへ向かう選択肢の一つとして自社提案を位置づけることです。

「この事例と同じことができます」という言い方ではなく、「この業界共通課題に対し、この経営アジェンダへ向かうなら、自社はこの道筋で支援できる」と示す形です。事例は自社提案の代わりではなく、自社提案がなぜそのゴールに向かう有力なルートなのかを理解してもらうための材料です。

ここまでつながると、事例は安心感を与えるだけでなく、提案の選択肢を広げる前進材料に変わります。。

まとめ


事例を見せても提案が前に進まないとき、問題は事例そのものにあることは少ないです。現場事例をそのまま出してしまい、提案先が「自社にどう当てはまるのか」「なぜ今これを判断する必要があるのか」を見つけにくくなっていることのほうが、多くの場合は原因です。

まずは「何の判断を前に進める事例か」を決めることから始めてみてください。そのうえで、現場事例を業界共通課題へ引き上げ、経営アジェンダに接続し直すと、事例の見え方が変わってきます。提案先にとっての自分ごと化が起きやすくなりますし、自社が提案できる余地も広がります。

事例の数を増やすより、一つの事例をどう使うかを整えるほうが、提案は先に進みやすくなります。

【次に読むべきコラム】
👉️ 導入事例がない段階で何を示すべきか|仮説シナリオで判断材料を補う方法

【DX提案 - 初動実務】
👉️ 初動実務①|なぜDX提案は話が通じているのに止まるのか
👉️ 初動実務②|DX提案は何から始めるべきか
👉️ 初動実務③|なぜ提案の骨格は思いついた順に作ると崩れるのか
👉️ 初動実務④|なぜDX提案は正しいのに刺さらないのか
👉️ 初動実務⑤|なぜDX提案の資料は読まれても止まるのか
👉️ 初動実務⑥|DX提案が伝わっても前に進まないとき、どこを直すか
👉️ 初動実務⑦|導入事例をどう使えば判断が前に進むのか
👉️ 初動実務⑧|DX提案が伝わっても前に進まないとき、どこを直すか

【参考】CaseScenario™なら


事例を業界共通課題に引き上げ、経営アジェンダに接続し直す作業は、やり方は分かっていても、実際に手を動かすと時間がかかります。顧客のIR情報や中期経営計画を読み込み、業務課題と経営課題の接続を整理して、提案に使える形に落とし込む、という一連の作業が必要になるからです。

CaseScenario™では、この一連の作業を「初期提案の設計図」として整えます。IRや中期経営計画などの公開情報をもとに、業務課題を経営課題に翻訳し、案件化・検討開始・承認前進に必要な判断材料を初期段階で揃えます。20業界の経営課題テンプレートを活用しているため、事例が少ない業界や、新領域のソリューション提案でも、提案シナリオを短期間で整備できます。

事例を「見せるもの」から「判断を前進させる材料」に変えるための設計を、初期提案の段階から整えたい方は、ぜひご覧ください。

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