ALPHA BRANDING Corp.

CaseScenario

Column

金融DX提案が経営層に届かない理由と設計の直し方

キャッシュカードと黄金色の背景、金融業のイメージ
宮崎祥一の顔写真

執筆者:宮崎 祥一

Honeywell、Experian、Teradata、Avanade、SAS Instituteなどで、アナリティクス領域の事業開発に従事。製造業を中心に、医薬や金融など多様な業界において、導入事例が乏しい新領域の提案も含め、案件創出から受注までを主導してきました。2023年にHoneywellのAccount Management Directorを退任。現在は株式会社アルファブランディングを通じて、DXや新領域のソリューションにおける初期提案の設計支援を行っています。

はじめに|「DXの話は聞いた」で終わる提案


金融機関の担当者と話を詰めて、現場合意まで取り付けたのに、役員会や経営会議を経て「次年度の検討課題になりました」と連絡が来た。そういう経験が一度や二度ではない、という方もいるのではないでしょうか。

提案内容は間違っていなかったはずです。競合に機能で負けたわけでも、価格が折り合わなかったわけでもない。それでも止まる。金融機関向けのDX提案には、こうした「現場には刺さるが経営には届かない」という構造的なギャップがあります。

本コラムでは、金融DX提案が経営層に届きにくい背景と、その原因となる構造を整理した上で、提案設計として何を見直せば前に進みやすくなるかを考えていきます。

1. 課題と背景|金融DXが守りに偏る構造的理由


1-1. 優先されるのは「やらざるを得ない投資」

金融機関のDXと言えば、まず思い浮かぶのは大規模なシステム刷新や規制対応です。勘定系の更新、契約管理システムの刷新、取引インフラの再構築。どれも社会インフラを支えるうえで不可欠な取り組みで、「やらなければ業務が止まる」という判断が先立ちます。

こうした投資は、経営の優先順位が最初から決まっています。リスクを抑えること、安定稼働を確保すること。それ自体は正しい判断ですが、結果として予算と人材のかなりの部分がここに集中します。その分、顧客接点の改革や新しい収益機会の創出に向けた投資は後回しになりやすい。経営層が本来期待しているはずの「成長につながるDX」が、なかなか議題に上がってこない構造がここにあります。

提案する側からすると、現場担当者との課題共有はできていても、経営層が「なぜ今これを判断すべきか」を納得できる形になっていないまま提案が進んでいることが少なくありません。守りの投資が優先される金融機関の文脈を理解した上で、攻めの提案をどう経営テーマに接続するかが、出発点として問われています。

1-2. 現場の合意が経営の承認に直結しない

金融機関への提案で、担当者レベルでの合意を丁寧に取り付けたにもかかわらず、経営会議や役員会で止まってしまうことがあります。原因の一つは、現場で積み上げた情報が、経営層の判断材料として機能する形になっていないことにあります。

あるケースでは、大手邦銀のグローバル業務担当部門に新しいサービスを提案した際、関連部門を集めた勉強会を複数回開き、現場の合意をほぼ取り付けていました。ところが、臨時の検討会議で承認が下りませんでした。後から確認すると、現場担当者が丁寧に作成した長いレポートは、幹部にはほとんど読まれていなかったのです。「丁寧に仕事をした」ことが逆効果になっていました。幹部が比較判断できる粒度のサマリーを、誰かが設計しなければならなかったのに、そのタイミングを逃していたということです。

金融機関では意思決定が合議制で進みます。担当者が社内で説明を引き継ぐ場面で、提案の論点と判断材料が正しい形で伝わる構造になっているかどうかが、提案の命運を分けます。

1-3. 経営層が見ている指標と現場KPIのずれ

経営層がDX投資に期待するのは、業務の改善効果そのものではありません。ROEの改善、リスク資本の最適化、ESG対応といった経営指標への貢献が問われます。金融機関は投資家や監督当局からの説明責任を強く求められており、「このDX投資が財務成果にどうつながるか」を示せない提案は、戦略投資としての土俵に乗りにくいのです。

ところが多くのDX提案は、処理スピードやオペレーション精度の改善を前面に出した構成になっています。現場の担当者にとっては意味のある数字でも、経営層はそこから投資判断を行うことができません。業務上の成果をそのまま経営の言葉に置き換えずに提案を進めると、「現場の話」で止まってしまいます。この翻訳の不在が、提案が経営まで届かない大きな原因の一つになっています。

2. 課題の構造|なぜ提案は経営層まで届かないのか


2-1. 「止まっている原因」を誤診している

提案が経営層で止まったとき、営業はその原因を競合製品との比較にあると考えがちです。しかし実際には、競合ではなく全く別の経営アジェンダと優先順位で競合していることが少なくありません。

あるSI提案の案件で、IT部門との関係は良好で稟議も通過していたにもかかわらず、半年以上役員会で止まり続けたことがありました。当時は「別の競合製品を推す役員がいるのではないか」と考え、自社製品との比較資料を作ったり、役員間の面談を設定したりと動いていましたが、止まった本当の理由はそこではありませんでした。欧州の販売強化や工場ラインの組み替えなど、IT投資とは無関係な経営アジェンダとぶつかっていたのです。IRやアニュアルレポートを読む習慣がなかったため、その競合に気づけなかったということでした。

「次年度の検討課題になりました」という報告が来たとき、タイミングの問題と解釈して翌年を待つケースは多いですが、別の経営アジェンダに負けている場合、そのアジェンダは複数年にわたって続くことがほとんどです。待っていても受注できない構造になっています。

2-2. 担当者経由で論点が失われる

金融機関に限らず、大手企業への提案では、営業担当者が直接経営層と話せる機会はほとんどありません。顧客の担当者が社内で説明を引き継ぎ、上長・関係部門・役員会へとリレーしていく構造が標準です。

問題は、このリレーの途中で提案の論点と判断材料が失われていくことにあります。営業担当者が口頭で補足しながら伝えていた文脈は、担当者が単独で社内説明する場面では再現されません。担当者個人の説明能力の問題ではなく、提案の構造として、担当者が独力で再現できる形になっていないことが原因です。

経営層まで届いたときに「IT投資の話」ではなく「経営判断の話」として受け取ってもらえるかどうかは、提案の初期段階でどう設計するかにかかっています。現場担当者が社内で使える形で論点と判断材料が整理されていなければ、どれだけ提案内容が良くても経営には届きません。

2-3. 意思決定構造の変化を見落とす

提案が進んでいる最中に、顧客の社内で意思決定のルールが変わることがあります。担当部門の交代、役員の異動、外部環境の変化による予算化主体のシフト。こうした変化は、表面上は見えにくく、気づかないまま提案を続けてしまいがちです。

あるケースでは、国内大手製薬企業の品質保証部門を主体として進めていた提案の途中で、FDAの監査強化を受けた外部環境の変化により、予算化の主体が米国の生産管理部門に移りました。日本の担当部門との関係構築はできていたにもかかわらず、提案の対象そのものが変わってしまったことに気づくのが遅れ、クロージングまでさらに1年近くかかることになりました。

もう一つ見落とされがちなのが役員の異動です。新任役員は様子見の傾向があり、横滑りの役員は就任直後からアクティブに動く傾向があります。IT担当役員だけでなく、全役員の経歴・担当変更・インタビュー記事まで把握しておくことで、経営アジェンダの変化を早期に察知できます。意思決定の構造は提案の途中で変わり得るものとして、継続的に確認しておく必要があります。

3. 解決策|経営に届く提案設計に変えるための3つの視点


3-1. 「どこで稼ぐか」から提案を設計する

提案を経営層に届けるには、「何を守るか」ではなく「どこで稼ぐか」を起点に設計を変えることが出発点になります。金融機関のIRや中期経営計画には、非金利収益の拡大、LTV最大化、手数料構造の多様化といった経営ゴールが書かれています。これを読み取り、そこから逆算してDX投資との接続を設計することで、提案は「守りの効率化」ではなく「成長のための投資シナリオ」として位置づけられます。

業務課題を起点に提案を組み立てると、競合も同様のヒアリングをしているため、論点が似通いやすくなります。経営ゴールから逆算することで、競合とは異なる論点から提案を構成しやすくなるという効果もあります。まず経営層の言葉でゴールを確認し、そこへの道筋として業務課題を位置づけ直すという順序を意識することが、設計の最初の一手です。

3-2. 担当者が社内で再現できる形に整える

現場での合意が経営の承認に直結しないのは、提案の論点と判断材料が担当者の社内説明で再現されない構造になっているからです。見直すべきは、説明の順序と判断材料の粒度です。

担当者が単独で上長・関係部門・役員会に説明するとき、「なぜこの投資が今の経営課題に接続しているのか」「なぜ今のタイミングなのか」という問いに答えられる構造になっているかを確認してください。営業担当者が口頭で補足しなくても成立する形になっていなければ、経営会議の場で止まります。

特にエグゼクティブ向けには、長いレポートではなく、判断できる粒度に圧縮されたサマリーが機能します。担当者が「このサマリーを使って幹部に話せる」と感じられる形を、提案の初期段階で一緒に設計することが、経営承認を前に進める実質的な手段になります。

3-3. 業務の成果を経営の指標に翻訳する

経営層が投資判断をする際、処理スピードやエラー率の改善はそのままでは判断材料になりません。これを「ROE改善」「リスク資本コストの低減」「LTV向上」「ESG評価への寄与」といった経営指標に変換して示すことで、提案は初めて経営の土俵に乗ります。

ある案件で、需要予測精度が約13%改善するという技術的な提案に対し、事業部の財務責任者から「それで何が変わるのか」と問い返されたことがありました。棚卸資産の圧縮、緊急配送費の削減、廃棄コストの低減を金額ベースに換算し直したところ、財務責任者の判断が動きました。数字そのものではなく、経営の言葉への翻訳が、判断を引き出したのです。

この翻訳の作業は、提案の後半で付け足すものではなく、最初から設計に組み込む必要があります。どのKPIを、どの経営指標に接続するかを整理しておくことで、担当者が社内説明で使える形になり、経営層の承認を前に進めやすくなります。

まとめ|設計を変えると、届き先が変わる


金融機関への提案が「現場には刺さるが経営には届かない」まま止まっているとき、提案内容の問題よりも、提案の設計の問題であることがほとんどです。業務課題のままで経営層に出すのか、経営ゴールに接続した形で出すのかで、話の届き先はかなり変わります。

経営ゴールからの逆算、担当者が社内で再現できる構造、業務指標の経営指標への翻訳。この3つを提案の初期段階で整えることができれば、「次年度の検討課題」で止まる可能性をずいぶん下げられます。まずは直近の提案の中で、「この提案は担当者が一人で経営会議に持ち込めるか」という問いを立てるところから始めてみてください。そこを起点にすると、何を整えればよいかが見えやすくなります。

【次に読むべきコラム】
👉️ 業務課題と経営課題の違い|DX提案が承認されない「翻訳ミス」3つの構造

【参考】CaseScenario™なら


金融機関へのDX提案で起きやすい「現場合意だけで止まる」「経営課題の言葉に変換できていない」という問題は、提案の初期設計の段階で整えるものです。CaseScenario™は、IRや中期経営計画から金融機関の経営ゴールを読み取り、業務課題を経営課題に翻訳し、担当者が社内説明を再現しやすい論点構造として整備する、初期提案の設計図です。

メガバンク・信託・地銀・保険・証券にまたがる経営課題テンプレートを活用することで、コスト削減をROE改善に、顧客接点の改革をLTV向上に、ESG施策を開示価値への寄与として接続する設計を短期間で整えられます。

営業担当者が提案に使いやすく、顧客担当者が社内説明にそのまま転用しやすい形でまとめるため、案件化・検討開始・承認前進に必要な判断材料を、提案の初動で揃えることができます。

👉 CaseScenario™の紹介ページはこちら

ライブラリ

BtoB提案シリーズ

導入事例の制作を依頼する前に知っておくべきことを解説するコラムのバナー。営業が使わない事例になる理由と、担当者止まりを防ぐ設計の考え方を紹介。導入事例の制作を依頼する前に知っておくべきことを解説するコラムのバナー。営業が使わない事例になる理由と、担当者止まりを防ぐ設計の考え方を紹介。
「提案停滞」の文字と、足跡のシルエット図「承認停滞」の文字と、ビジネスパーソン3人のシルエット図「伝達不全」の文字と、4人の人物がネットワークで繋がっているシルエット図「PoC停滞」の文字と、進入禁止のテープのシルエット図「事例依存」の文字と、3つのバインダーのシルエット図「営業実務」の文字と、ジグソーパズルの3つのピースのシルエット図