

執筆者:宮崎 祥一
Honeywell、Experian、Teradata、Avanade、SAS Instituteなどで、アナリティクス領域の事業開発に従事。製造業を中心に、医薬や金融など多様な業界において、導入事例が乏しい新領域の提案も含め、案件創出から受注までを主導してきました。2023年にHoneywellのAccount Management Directorを退任。現在は株式会社アルファブランディングを通じて、DXや新領域のソリューションにおける初期提案の設計支援を行っています。
はじめに|アカウントプランを毎年作っているのに、なぜ提案に使えないのか
会社からフォーマットを渡されて、とりあえずIR情報を集めて空欄を埋める。毎年同じ作業をしているのに、完成したアカウントプランをほとんど見返さない。そんな経験、思い当たるところはありませんか。
多くの営業現場では、新年度の担当アカウントが決まると、対象企業の情報収集が始まります。IR、Annual Report、中期経営計画、四半期報告書、ニュースリリース。見るべき材料は多く、時間もかかります。それでも、完成したプランが提案に活きた実感がないまま、翌年もまた同じ作業を繰り返す。
私自身も長い間そうでした。転機になったのは、外資系アナリティクスベンダーに在籍していたときのことです。本社には顧客の経営を分析する専門チームがあり、IR情報をベースにしたレポートが四半期ごとに配布されていました。最初はそれをそのまま貼り付けていたのですが、米国の営業からその活用方法を聞いてから、自分のアカウントプランはまったく変わりました。
それまでのプランは、前半に経営情報が並び、後半に営業戦略が並ぶのに、その二つが一本の筋道でつながっていませんでした。業務課題を経営課題に接続してプランを立てることを意識するようになってから、別部門と共有するときも理解してもらいやすくなり、営業としての結果も出るようになりました。
止まっていたのは、情報量が足りなかったからではありません。読み方の目的が変わっていなかったからです。本稿では、IRを読んでもアカウント攻略につながらない理由を整理しながら、何をどう読むと提案機会が見えてくるのかを考えていきます。
- はじめに|アカウントプランを毎年作っているのに、なぜ提案に使えないのか
- 1. 課題と背景|多くのアカウント分析は「資料集め」で止まっている
- 1-1. IRやAnnual Reportが「ページ埋めの材料」になっている
- 1-2. 経営情報が揃っても、提案機会の仮説につながっていない
- 2. 課題の構造|読んでいるのに、提案機会が見えてこない理由
- 2-1. 業務課題と経営課題が接続されていない
- 2-2. 単独企業だけを見ていて、相対的な変化が見えていない
- 2-3. 役員人事の変化を「経営アジェンダの変化」として読めていない
- 3. 解決策|新年度のアカウント分析で、何をどう読むか
- 3-1. まず、読む対象をターゲット企業だけで完結させない
- 3-2. 次に、中計と四半期資料を並べて「変化」を拾う
- 3-3. そのうえで、役員異動を人事情報としてではなく経営アジェンダの変化として読む
- まとめ|読む量を増やすより、何を仮説に変えるかを変える
- 【参考】CaseScenario™なら
1. 課題と背景|多くのアカウント分析は「資料集め」で止まっている
1-1. IRやAnnual Reportが「ページ埋めの材料」になっている
多くの営業現場では、アカウントプランのフォーマットが先にあり、その空欄を埋めるために情報を集めます。売上高、営業利益、重点戦略、組織体制、セグメント別の説明、経営メッセージ。見出しとしてはもっともらしいのですが、書いている本人も「この情報をどう使うのか」が腹落ちしないまま作業が進みます。
しかもフォーマットは毎年変わります。項目が増えたり、並びが変わったりする一方で、「この資料を使って何を決めたいのか」が明確になっていないことが多い。目的が曖昧なまま形だけが変わるので、現場はフォーマットに従うしかありません。結果として、IRやAnnual Reportは営業判断の材料ではなく、社内提出物のページを埋める材料になります。作成中は時間を使うのに、提出後はほとんど見返されない。
1-2. 経営情報が揃っても、提案機会の仮説につながっていない
経営情報を集めること自体には意味があります。問題は、その後です。売上目標や重点テーマ、中期方針を転記しても、それが「どの部門に、どの論点で、いつ提案するか」につながらなければ、営業戦略にはなりません。
アカウントプランの前半には経営情報が並び、後半には過去案件や商材一覧が並ぶ。どちらも間違ってはいないのに、一本の筋道になっていない。これは私自身がずっと陥っていた状態でもありました。経営情報と営業戦略が別々に存在するプランは、情報は多いのに「使いどころが分からない資料」になります。
2. 課題の構造|読んでいるのに、提案機会が見えてこない理由
2-1. 業務課題と経営課題が接続されていない
アカウント分析が営業戦略につながらない根本の理由は、業務課題と経営課題が接続されていないことです。営業現場はどうしても、部門課題や現場の困りごとから考え始めます。それ自体は自然ですが、そのままだと提案は「現場改善の相談」で止まりやすくなります。
IRやAnnual Reportに書かれているのは、経営として何を優先し、何を変えようとしているかです。現場の課題がそこにつながって初めて、提案の主語が変わります。たとえば「在庫判断が担当者依存で遅れる」という業務課題も、経営側では「在庫効率の改善が進まず、資本効率改革の足を引っ張っている」という経営課題として読み替えないと、提案の優先順位は上がりません。この翻訳ができていないと、IRをどれだけ読んでも、営業の論点は見えてきません。
2-2. 単独企業だけを見ていて、相対的な変化が見えていない
ターゲット企業のIRだけを読んでいると、その会社が何を重視しているかは分かります。ただ、それが本当にその企業固有の課題なのか、業界全体の共通テーマなのかは見えません。
ここで有効なのが、競合企業の中期経営計画やAnnual Reportを並行して見ることです。何が同じで何が異なるかが分かることで、ターゲット企業の置かれた状況の解像度が上がります。親会社がある場合は、親会社の戦略や資本政策も見ておくと、単独では見えなかった制約や優先順位が浮かびやすくなります。単独で読めば「重点テーマ」に見えることも、相対的に見ると「横並びの表現」にすぎないことがあります。逆に、競合との差として際立って見えてくる論点もあります。
2-3. 役員人事の変化を「経営アジェンダの変化」として読めていない
新年度は、顧客側でも組織変更や人事異動が起きやすい時期です。ここを見落とすと、前年度までの前提でアカウントを見続けることになります。
特に重要なのは、異動した役員が「新たに役員になった人」なのか、「すでに役員経験があり担当替えになった人」なのかです。前者はしばらく様子見をしやすく、新しいことに着手するのも反対意見を出すのも積極的にはなりません。後者は役員会の動き方をすでに知っているため、早く成果を出そうとアグレッシブに動く傾向があります。
また、IT担当役員だけを見ていると判断を誤ります。高額の投資は合議制で決まることが多く、役員全体の動きを把握しておかないと、提案が想定外のところで止まります。私自身、Annual Reportや企業サイトから役員の顔写真・経歴・インタビュー記事をまとめた資料を作っていました。誰がどの立場で何を重視しているかを把握しておくことで、提案仮説の精度が変わります。
3. 解決策|新年度のアカウント分析で、何をどう読むか
3-1. まず、読む対象をターゲット企業だけで完結させない
新年度のアカウント分析で最初に見直したいのは、読む対象の範囲です。ターゲット企業のIRに加えて、競合企業の中期経営計画やAnnual Reportも並行して見ます。財務数値を細かく追う必要はありません。中計とAnnual Report、できれば四半期報告書に目を通すだけでも、業界共通のテーマとその企業固有の論点が分かれて見えてきます。
親会社があるなら、親会社の戦略や資本政策も確認します。単独では見えなかった予算の制約や、グループとしての優先順位が浮かびやすくなります。営業として見るべきなのは、企業情報そのものではなく、その企業が提案の入り込める余白を持っているかどうかです。
3-2. 次に、中計と四半期資料を並べて「変化」を拾う
対象を広げたら、次に見るべきは時間軸の変化です。IRやAnnual Reportを読むとき、「何が書いてあるか」と同じくらい「何が変わったか」が手がかりになります。重点テーマが変わったのか、表現が強まったのか、四半期資料での触れ方が増えたのか。そこに提案機会の兆しがあります。
中期経営計画が「どこへ向かいたいか」を示す資料だとすれば、四半期資料は「現実にどこでつまずいているか」が出やすい資料です。前年との比較、前四半期との比較、表現の変化を追うだけでも、経営側がいま何に神経を使っているかが見えやすくなります。
3-3. そのうえで、役員異動を人事情報としてではなく経営アジェンダの変化として読む
人事異動は、組織図の更新情報としてではなく、経営アジェンダの変化として読みます。誰が上がったのか、誰が横滑りしたのか、その人はどの領域で成果を出してきたのか。Annual Reportや企業サイトから役員の経歴やインタビュー記事を集めておくと、誰がどの論点に反応しやすいかの見立てができます。
情報収集のゴールは、詳しくなることではありません。その企業で何が起きれば提案機会になるかを仮説として持つことです。重点テーマが変わったなら、どの部門で新しい検討が立ち上がりそうか。競合との差が目立つなら、どの経営課題に接続すると動きやすいか。役員異動があったなら、どの論点が通りやすくなるか。そこまで見えて初めて、情報収集はアカウント攻略の準備になります。
まとめ|読む量を増やすより、何を仮説に変えるかを変える
IRやAnnual Report、中期経営計画、四半期資料。見るべき材料は多くの企業ですでに揃っています。止まりやすいのは、情報が足りないからではなく、「読むこと」で終えてしまい、提案機会の仮説に変えられていないからです。
競合企業や親会社まで含めて相対的に読み、役員異動まで追いながら、その企業の経営アジェンダがどこへ動こうとしているかを見立てる。そこまでできたとき、IRははじめてアカウント攻略の前提になります。
まずは、いま手元にあるIR情報を「何が書いてあるか」で終わらせず、「何が変わり、何が提案機会になり得るか」という視点で読み返してみるところから始めてみてください。そこから、アカウントプランの使われ方は変わってきます。
【次に読むべきコラム】
👉️ アカウントプランが使われない理由|企業情報を攻略方針につなげる設計とは
👉️ アカウントプランの会議が前に進まない理由|攻略仮説と監視項目を揃える
👉️ 導入事例がない段階で何を示すべきか|仮説シナリオで判断材料を補う方法
【参考】CaseScenario™なら
アカウントプランで「業務課題を経営課題に翻訳する」作業は、慣れるまでに時間がかかります。どの経営課題に接続すると提案が動きやすいか、IR情報のどこを見れば論点が見えるかは、業界ごとに傾向があり、経験の蓄積が必要です。
CaseScenario™は、IRや中期経営計画をもとに経営課題を整理し、業務課題を経営課題に翻訳した「初期提案の設計図」を短期間で整えるサービスです。20業界の経営課題テンプレートを活用し、案件化・検討開始・承認前進に必要な判断材料を初期段階で揃えます。営業が提案に使いやすく、顧客側も社内説明に転用しやすい形にまとめるため、アカウントプランの後半(営業戦略)と前半(経営情報)を一本の筋道でつなぐ起点として活用できます。







