

執筆者:宮崎 祥一
Honeywell、Experian、Teradata、Avanade、SAS Instituteなどで、アナリティクス領域の事業開発に従事。製造業を中心に、医薬や金融など多様な業界において、導入事例が乏しい新領域の提案も含め、案件創出から受注までを主導してきました。2023年にHoneywellのAccount Management Directorを退任。現在は株式会社アルファブランディングを通じて、DXや新領域のソリューションにおける初期提案の設計支援を行っています。
はじめに|「次年度の検討で」という言葉が続くとき
提案の手応えはあった。IT部門との関係も悪くない。それでも「役員会に上げましたが、次年度の検討ということになりました」という返事が来る。営業組織の中でそういう案件が複数並んでいる、あるいは同じ顧客で繰り返している、という状況に心当たりはないでしょうか。
止まっている原因を、競合製品や価格、あるいは「社内の調整に時間がかかっている」と判断して、次の一手を打とうとする。ところが待っても動かない。そのうちに「次年度以降の検討」になっていく。
こうした停滞の多くは、提案の出来の問題ではありません。提案の設計に、経営層が判断するために必要な材料が最初から含まれていないことが原因です。とりわけ見落とされやすいのが、「導入後に何がどう変わるのか」という部分です。導入後の変化を経営課題と接続して語れるかどうかが、承認の前進を大きく左右します。このコラムでは、その構造と対処の方向を整理します。
- はじめに|「次年度の検討で」という言葉が続くとき
- 1. 課題と背景|役員会で止まる案件が教えること
- 1-1. 「次年度」は「次年度以降」を意味することが多い
- 1-2. 経営層が見ているのは「今期の優先度」ではなく「事業の変化」
- 2. 課題の構造|なぜ「導入後の変化」が語れないのか
- 2-1. 提案の起点が業務課題にとどまっている
- 2-2. IR・中計が提案に活用されていない
- 2-3. 導入後の変化を設計する機能が提案の中にない
- 3. 解決策|初期提案の設計に「導入後の変化」を組み込む
- 3-1. 提案の起点をIR・中計に置く
- 3-2. 変化の道筋を段階的に示す
- 3-3. 顧客担当者が社内説明を再現できる形に整える
- まとめ|設計の変更から始められること
- 【参考】CaseScenario™なら
1. 課題と背景|役員会で止まる案件が教えること
1-1. 「次年度」は「次年度以降」を意味することが多い
「次年度の検討になりました」という報告は、タイミングの問題として処理されやすいです。競合には負けていない、あとは社内調整が進めば受注できる、と判断して待ち続ける。しかし実態としては、次年度になっても動き出さないケースが大半です。
止まっている本当の理由は、提案したソリューションへの関心が薄れたからではありません。経営層の意思決定の場では、IT投資の比較が行われているわけではないからです。役員会で比較されているのは、海外展開の強化、工場ラインの組み替え、人材投資の前倒しといった、ITとは無関係に見える複数の経営アジェンダです。その中で優先順位を争った結果、IT投資が後回しになっている。
こうした経営アジェンダは、1年で完結するものは少なく、複数年にわたって進行します。「次年度」で止まった案件が「次年度以降」になりやすいのは、このためです。競合を排除した上で待っていても、別の経営課題が優先される構造が変わらない限り、状況は動きません。
1-2. 経営層が見ているのは「今期の優先度」ではなく「事業の変化」
経営層の判断基準は、提案されたシステムの機能や価格の優劣ではありません。「この投資によって、事業や組織がどう変わるのか」という問いに答えられるかどうかです。
現場部門の業務効率が上がることは、経営層にとっては手段であり目的ではありません。「生産管理の精度が上がる」「データの属人化が解消される」という言葉は、現場には響いても、経営の投資判断に使える言語ではありません。経営層が関心を持つのは、その変化が中期成長計画や事業ポートフォリオの方向性にどうつながるかです。
導入前の機能説明は十分でも、導入後に何がどう変わるのかを経営課題の言葉で語れていない提案は、経営層の判断材料として機能しません。「この提案は良い話だとは思うが、今期動かすべき理由が見えない」という判断を生みやすいのは、提案の設計に経営視点の変化シナリオが含まれていないからです。
2. 課題の構造|なぜ「導入後の変化」が語れないのか
2-1. 提案の起点が業務課題にとどまっている
営業組織の提案は、多くの場合ヒアリングを起点にしています。担当者と話して業務上の困りごとを整理し、それをソリューションの機能に結びつける。このアプローチ自体は適切ですが、起点が業務課題のままでは、提案が現場部門の範囲を出にくくなります。
競合他社も同じヒアリングを行い、同じ業務課題に対してソリューションを提案します。結果として提案の論点が似通い、機能比較・価格比較に移行しやすくなります。これは提案書の質の問題ではなく、起点の問題です。
経営課題への接続がないまま提案が進むと、現場担当者は自分の上長へ、上長はさらにその上へと説明を引き継ぐ過程で、「なぜ今これをやるのか」「事業にどう関係するのか」という問いに答えられなくなります。提案が担当者のところで止まるのは、担当者の説明能力の問題ではなく、引き継がれる説明の構造に経営文脈が含まれていないためです。
2-2. IR・中計が提案に活用されていない
経営課題と業務課題を接続するために必要な情報は、多くの場合すでに公開されています。IR情報や中期経営計画には、企業が何を優先的な経営課題として位置づけているか、どの方向に投資を集中させようとしているかが明示されています。
ところが、これらの情報が提案の設計に活用されることはほとんどありません。営業組織の多くは、経営情報を背景として参照するにとどめており、「この業務課題が、中計で掲げている経営目標のどの部分に関係するか」という論点に落とし込む手順を持っていません。
IR情報を読んでも、それを経営課題へ翻訳し、現場の業務課題と接続する構造として整理する作業は、個人の経験や力量に委ねられています。組織として再現できる設計がなければ、担当者が変わるたびに提案の質がリセットされます。
2-3. 導入後の変化を設計する機能が提案の中にない
提案書の中心は、システムの機能説明や導入スコープ、費用対効果の試算になりがちです。これらは必要な情報ですが、「導入後に事業や組織がどう変わっていくか」という変化の道筋が設計されていないと、経営層の判断材料として不十分になります。
あるSIベンダーの営業では、需要予測システムの提案において、予測精度が約13%改善するという数値を提示したものの、財務責任者から差し戻されたケースがあります。技術的な改善指標は示せていましたが、それが棚卸資産の圧縮や緊急配送費の削減、廃棄コストの減少としてどの程度の財務インパクトになるか、という経営言語への翻訳が抜けていたためです。精度の改善は技術の話であり、金額ベースの変化が経営の話です。
導入後の変化が語れないのは、語る材料がないからではなく、語るための設計が提案の中に組み込まれていないからです。
3. 解決策|初期提案の設計に「導入後の変化」を組み込む
3-1. 提案の起点をIR・中計に置く
導入後の変化を語るための最初の手順は、提案の起点を業務課題ではなく、顧客の経営課題に置き直すことです。IR情報や中期経営計画を読み、企業がいま何を経営上の優先課題として位置づけているかを確認します。その上で、提案するソリューションの導入が、その経営課題の解消にどう寄与するかを接続します。
この起点の変換によって、提案の言語が変わります。「生産管理の効率化」ではなく「グローバルサプライチェーン強化の一手としての需要予測精度改善」、「データ管理の属人化解消」ではなく「意思決定の組織的再現性の確保」という形です。同じ内容を指していても、経営課題の言語で表現された提案は、役員会での議論に乗りやすくなります。
ある外資系アナリティクスベンダーの事例では、機能説明を中心に組んでいた提案書を、顧客のIR情報をもとに経営課題から始まる構造に組み直したところ、それまで役員会で止まり続けていた案件が前進するようになりました。提案の内容が変わったのではなく、論点の起点と語り口が変わったことが転機になっています。
3-2. 変化の道筋を段階的に示す
起点を経営課題に置いた上で、導入後に何がどう変わっていくかを段階的なシナリオとして整理します。経営層が判断するために必要なのは成果の保証ではなく、変化がどういう順序で、どの時間軸で起きていくかの見通しです。
たとえば「初年度はデータ整備と基盤構築、2年目以降は経営指標との連動」という段階設計を提案の中に含めることで、経営層は投資の結果を自分たちの中期計画と対照しながら判断できるようになります。また、PoC段階であれば、どの条件が満たされれば本格導入に進むか、どの条件が満たされなければ撤退するかという判断基準を先に設計して示すことで、「いつまで続くか分からない」という心理的な障壁を取り除くことができます。
段階的な変化のシナリオを示すことは、見通しの共有であると同時に、営業組織として導入後に責任を持って関与するという意思の表明でもあります。この姿勢の有無が、経営層に「取引相手」ではなく「判断を共にできる相手」と見なされるかどうかを分けます。
3-3. 顧客担当者が社内説明を再現できる形に整える
設計した変化シナリオは、営業担当者が口頭で説明するだけでは不十分です。顧客の担当者が、その内容を自分の上長や関係部門に引き継ぎ、最終的に役員会の場でも提案の趣旨が正確に伝わる状態を最初から設計しておく必要があります。
現場担当者は勉強会や個別説明には熱心に参加し、内容を理解していても、その上層部への引き継ぎは担当者が作成した報告資料に委ねられます。その資料が詳細すぎたり、業務視点のみで書かれていたりすると、幹部には読まれずに終わります。あるベンダーが大手金融機関に新サービスを提案した際、現場の担当者が作成した詳細なレポートが幹部に読まれないまま臨時ステコミに臨んだことで、承認が得られなかったケースがあります。現場の丁寧な仕事が、経営の判断材料として機能しなかった例です。
顧客担当者が社内説明に転用できる粒度と構造で判断材料を整えることは、提案品質を高める作業ではなく、提案が組織内を正確に伝達されるための設計です。営業担当者が不在でも、提案の趣旨と経営課題との接続が再現できる形になっていることが、承認が前進する条件になります。
まとめ|設計の変更から始められること
提案が役員会で止まり続けているとき、もう一度提案書を作り直そうとするよりも、設計の起点を見直すほうが早いことがあります。業務課題の改善を訴えるところから始まっている提案は、どれだけ丁寧に作られていても、経営課題の言語に届きにくい構造になっています。
IRや中計を読んで起点を変え、導入後の変化を段階的な道筋として示し、顧客担当者が社内説明を再現できる形に整える。この設計の変更は、提案書の全体をゼロから作り直すことではありません。論点の立て方と語り口を変えることから始められます。
まず手近な停滞案件を一つ取り上げて、「この顧客の中計に、今の提案はどこで接続できているか」を確認するところから始めてみるといいかもしれません。
【次に読むべきコラム】
👉️ PoCから本番に進まない理由|事前に合意すべき分岐条件と判断設計
【参考】CaseScenario™なら
CaseScenario™は、IR・中期経営計画をもとに顧客の経営ゴールを読み取り、業務課題を経営課題に翻訳した上で、案件化・検討開始・承認前進に必要な判断材料を初期提案の段階で整える提案シナリオ設計サービスです。
営業担当者が提案に使いやすく、かつ顧客担当者が社内説明にそのまま転用できる形で設計図をまとめます。このため、担当者経由で社内説明が引き継がれる構造の提案において、説明が途中で変形したり、経営課題との接続が失われたりすることを防ぎやすくなります。
新製品・新領域に限らず、既存ソリューションの提案でも、「担当者止まりで役員会まで届かない」「次年度の検討を繰り返している」という状況に対して、初期提案の設計から見直す形で活用できます。







