

はじめに|MEDDPICCを導入しても、なぜか止まる案件がある
MEDDPICCを導入してから、案件の管理は明らかに良くなった。それなのに、決裁者もキーマンも押さえているはずの案件が、なぜか役員会の手前で止まる。そんな感覚を覚えたことはないでしょうか。
案件を正しく管理できていることと、案件が実際に進むことは、別の話です。
MEDDICを拡張したMEDDPICCは、契約直前で法務や調達に足止めされたり、競合の存在を見落として失注したりする事態を防ぐために、Paper ProcessとCompetitionという2つの視点を加えたフレームです。8つの要素を丁寧に埋めていけば、案件の健全性はかなり正確に見えてきます。
ただ、それでも埋まらない停滞があります。契約の手続きでもなく、競合に負けたわけでもなく、決裁者の合意も取れているのに、なぜか役員会で止まる。そういう案件です。
本稿では、MEDDPICCを否定するのではなく、MEDDPICCが拾いきれていない停滞の構造と、そこからどう抜け出すかを一緒に見ていきたいと思います。
- はじめに|MEDDPICCを導入しても、なぜか止まる案件がある
- 1. 課題と背景|契約の壁は越えても、合議の壁は残る
- 1-1. MEDDICからMEDDPICCへ|拡張の背景と、変わらない世代間の断絶
- 1-2. 契約の壁は、Paper Processという言葉で説明できるようになった
- 1-3. それでも「一人のYes」では進まない案件がある
- 2. 課題の構造|稟議を通過しても、役員会で経営アジェンダに競合負けする
- 2-1. 止まっている原因を誤解すると、対策が的外れになる
- 2-2. 経営アジェンダとの競合は、MEDDPICCの標準的な問いでは捉えにくい
- 2-3. 役員構成の変化が、合意の前提を動かすことがある
- 3. 解決策|MEDDPICCを土台に、社内説明の設計を加える
- 3-1. 「誰が決めるか」の特定と、「どう説明するか」の設計は別物
- 3-2. 現場の業務課題を、経営が判断できる論点に組み替える
- 3-3. 判断材料は「課題の説明」だけでなく、社内説明に使える形で整える
- まとめ|MEDDPICCの土台に、社内説明の視点を
- 【参考】CaseScenario™なら
1. 課題と背景|契約の壁は越えても、合議の壁は残る
1-1. MEDDICからMEDDPICCへ|拡張の背景と、変わらない世代間の断絶
MEDDICは1990年代に外資系企業を中心に広まり、当時の営業担当者が成果を上げる手法として機能しました。いま50代の営業管理職、特に外資系企業で経験を積んだ方々の多くは、若い頃にこのトレーニングを受けています。
その後、契約締結までの事務手続きで停滞するケースや、競合の存在を軽視して失注するケースに対応するため、Paper Process(契約手続き)とCompetition(競合)という2つの視点が加わり、MEDDPICCという名称で使われるようになりました。外資系IT企業を中心に浸透しつつあるフレームです。
ただ、フレームが拡張されても、変わっていないことがあります。MEDDICについての国内書籍はほとんど存在せず、MEDDPICCも体系的に学べる機会はまだ限られています。若い世代は管理職から断片的に教わるかたちで言葉だけを受け取り、フレームの前提にある意思決定の見取り図が共有されないまま、言葉だけが受け継がれている状況は変わっていません。
1-2. 契約の壁は、Paper Processという言葉で説明できるようになった
MEDDPICCが評価されている理由の一つに、日本企業特有の稟議文化との相性の良さがあります。稟議は、文書を関係者に順番に回覧し、承認を積み重ねていく日本特有の意思決定プロセスで、海外にはほとんど見られない仕組みです。この稟議や契約実務の複雑さを、MEDDPICCはPaper Processという項目で扱えるようになりました。
以前、大手重機メーカーへの需要予測ソリューションの提案で、まさにこのPaper Processに近い壁にぶつかったことがあります。決裁自体は前向きに進んでいたのですが、契約段階で止まりました。提示した価格は、初年度が3,400万円、2年目が1,000万円、3年目が1,100万円という構成でした。ソリューションは買い取りではなくレンタル契約のため、会計上は固定資産ではなく経費として計上されます。初年度に3,400万円という金額を単年度の経費として計上することが、その企業にとっては難しいという話でした。
決裁が取れていなかったわけでも、競合に負けていたわけでもありません。契約の「形」そのものが障壁になっていたのです。間にリース会社を挟み、支払いを平準化する形に契約を組み替えたことで、この壁は解消しました。決裁者の合意を取ることと、契約として成立させることは、別の課題だということを実感した経験です。
1-3. それでも「一人のYes」では進まない案件がある
契約の壁を越えても、意思決定の壁は残ります。MEDDPICCが前提にしているのは複数の関与者が存在する意思決定プロセスですが、その内実は、力を持つ個人が最終判断を握るモデルというより、会議にかけて複数の関係者の意見を経由するプロセスが標準化した状態を指すことがほとんどです。コンプライアンスや透明性への意識が高まるなかで、責任者一人が単独で決める案件は減りました。
DX提案や新領域のソリューション提案では、導入判断に業務部門、IT部門、調達、経営企画、財務など複数の関係者が関わるのが一般的です。決裁者の賛同だけでは前に進まない。推進者がいても、他部門の懸念が整理されていなければ止まります。案件が前に進む条件は、「誰に会えたか」だけでなく、「その案件が社内でどう説明されるか」に広がっています。
2. 課題の構造|稟議を通過しても、役員会で経営アジェンダに競合負けする
2-1. 止まっている原因を誤解すると、対策が的外れになる
稟議は通り、契約の形も整っている。それでも役員会やステアリングコミッティで半年止まり、「次年度の検討課題になりました」という報告が届く。そういう経験をした方は少なくないと思います。
あるSI案件での話です。IT部門とは密に連絡を取り合っており、別カテゴリのIT投資と競合しているわけではないことは確認できていました。それでも止まる。原因を探った当時の判断は、MEDDPICCのCompetitionに近い発想でした。「ライバル企業のソリューションを推す役員がいるのではないか」という仮説です。その仮説のもと、自社と競合他社との違いをまとめた比較資料を作り、役員向けにシェアしてもらいました。年末の挨拶や社内イベントを名目に、自社の幹部と顧客役員の面談を半ば強引に設定したりもしました。しかし、止まっている理由はわからないまま、結局、次年度の課題となりました。
当時は、Competitionの問題だと考えていました。しかし実際には、競合製品が案件を奪っていたわけではありません。「欧州の販売を強化する」「工場のラインを組み替える」といった、IT投資とは全く関係のない経営アジェンダに、案件そのものが優先順位で負けていたのです。IRやアニュアルレポートにはその情報が書かれていましたが、当時はそこまで読み込んでいませんでした。
2-2. 経営アジェンダとの競合は、MEDDPICCの標準的な問いでは捉えにくい
役員会で止まる原因が「競合製品への乗り換え検討」ではなく「経営アジェンダとの優先度競合」である場合、これはMEDDPICCの標準的な問いだけでは捉えにくくなります。Decision CriteriaやChampionといった項目を広く解釈すれば、経営アジェンダとの優先順位もある程度は把握できるかもしれません。ただ、Competitionが想定しているのは競合ベンダーや代替案との比較であり、社内の別の経営課題との優先順位競合とは性質が異なります。競合製品との競争が「どちらを買うか」であるのに対し、経営アジェンダとの競争は「そもそも今これに投資するのか」という、次元の異なる問いです。営業側からは非常に見えにくい原因です。
経営が見ているのは、IT投資の良し悪しだけではありません。今期の収益目標、進行中のプロジェクトへのリソース配分、業界環境の変化への対応など、複数の経営判断が同時に走っています。IT案件は「良い話だとしても、今でなくてよい」と判断されやすい位置にあります。承認が止まっているとき、その原因が競合製品との比較にあるのか、経営アジェンダとの競合にあるのかを見誤ると、どれだけ動いても手が空を切ります。
2-3. 役員構成の変化が、合意の前提を動かすことがある
経営アジェンダの把握だけでは、まだ不十分な場合があります。提案期間中に役員が交代すると、それまで整えていた合意の前提が崩れることがあるからです。
前述のSI案件でも、同様のことが起きました。経営アジェンダとの競合を把握した上で判断材料を整え、一度は前進の手応えがありました。しかし、提案期間中に欧州担当の役員が交代し、新任の役員が欧州販売強化を強硬に主張したことで、再び承認が止まりました。そこからは、四半期報告書に加えて役員の異動も追うようになりました。全役員の経歴やメディアインタビューを一覧表にまとめ、それぞれが経営課題をどの視点で見ているかを把握する習慣をつけてからは、経営層の承認で止まることはほとんどなくなりました。止まる原因は一つではなく、経営アジェンダ・優先度競合・役員構成の変化が重なることもあります。
3. 解決策|MEDDPICCを土台に、社内説明の設計を加える
3-1. 「誰が決めるか」の特定と、「どう説明するか」の設計は別物
MEDDPICCには、Economic Buyer、Champion、Decision Process、Decision Criteriaなど、「誰が決めるか」を特定するための項目が既に揃っています。案件が止まりやすい構造を把握するには、この特定に加えて、「その決裁者に、誰が、何を、どう説明するのか」という、もう一段別の設計が必要になります。
部門長が前向きでも、IT部門が不安を抱えていれば止まります。現場責任者が推進していても、財務視点での説明が弱ければ優先順位が下がります。案件を前に進めるには、賛成者を増やすより先に、社内説明の構造を把握しておくことです。「誰が社内でこの案件を引き継いで説明するのか」「どの部門が懸念を持つのか」「何が判断材料として不足しているのか」。決裁者の特定と、説明の設計は、別の作業として扱う必要があります。
3-2. 現場の業務課題を、経営が判断できる論点に組み替える
営業が最初に聞き取るのは、たいてい現場の業務課題です。「作業が煩雑」「データがつながらない」「手戻りが多い」という声は、提案の入口として欠かせません。しかし、その課題をそのまま経営層に出しても、投資判断の土俵には乗りにくいことがあります。
「入力作業が二重になっている」という現場課題も、それが標準化の遅れによる収益圧迫なのか、属人運用による事業リスクなのか、全社最適を妨げる構造問題なのかが整理されれば、上位の会議体でも扱いやすくなります。ここで必要なのは、現場の業務課題を経営アジェンダに接続し、なぜ今この投資を優先すべきかという理由まで組み立てる作業です。話を大きく見せることではなく、現場の業務課題を、経営が既に抱えている複数のアジェンダの中に位置づけ直すことです。IRや中期経営計画に書かれている経営アジェンダと、提案の論点をどう接続するかが、ここでの焦点になります。
3-3. 判断材料は「課題の説明」だけでなく、社内説明に使える形で整える
初期提案を前に進めるために必要なのは、課題を説明することだけではありません。顧客担当者が社内で説明し、検討を始め、承認前進に使える判断材料の形で整えることです。
たとえば、「現場で非効率が起きている」という説明だけでは弱いです。その非効率がどのコストに影響しているか、どの経営課題に接続するか、今なぜ優先すべきか、他の案件と比べて何が重要かまで整理されて、初めて上の会議体で扱いやすくなります。調達や財務が関与する案件では、ROIの根拠、導入を遅らせた場合の機会損失、契約条件に伴う運用リスクまで含めて、社内で正当化できる形に整理しておくと、承認までの動きが変わります。顧客担当者が一人で社内説明を引き継げる形で論点を整えることが、初期提案の設計で効く部分です。
まとめ|MEDDPICCの土台に、社内説明の視点を
MEDDPICCは、複雑な商談を構造で捉えるうえで、いまも有効なフレームです。Paper Processが加わったことで、契約実務の壁も以前より見えやすくなりました。ただ、顧客企業の意思決定が合議を前提に動くようになった分、稟議を通過した後、役員会で経営アジェンダとの優先順位競合によって止まるという停滞は、MEDDPICCの標準的な問いだけでは捉えにくいまま残ります。
まずは、いま止まっている案件について、「誰が社内で説明するのか」「その先の役員会で、何と優先順位を争っているのか」を確認するところから始めてみてください。そこが見えると、何が判断材料として足りていないかを整理する順番が自然と定まってきます。MEDDPICCを使う視点を捨てる必要はありません。そこに、社内説明をどう設計するかという視点を加えていくことで、止まっている案件の見え方が変わってくるかもしれません。
【次に読むべきコラム】
👉️ アカウントプランが使われない理由|企業情報を攻略方針につなげる設計とは
【参考】CaseScenario™なら
CaseScenario™は、DX提案や新領域のソリューション提案において、初期提案の設計図を整えるサービスです。
IRや中期経営計画などの公開情報をもとに、現場で見えている業務課題を、その企業が上位会議で判断しやすい経営課題へ翻訳します。そのうえで、案件化・検討開始・承認前進に必要な判断材料を、営業が提案に使いやすく、顧客側も社内説明に転用しやすい形で整理します。
MEDDPICCは、Economic BuyerやChampionなど「誰が決めるか」を特定するには有効です。ただ、その決裁者に何を、どう説明し、なぜ今この投資を優先すべきかまでは、標準的な問いだけでは設計しきれません。CaseScenario™は、業務課題を経営課題に翻訳し、社内説明に転用できる形で論点を整えた初期提案の設計図として、この手前の工程を担います。





