

執筆者:宮崎 祥一
Honeywell、Experian、Teradata、Avanade、SAS Instituteなどで、アナリティクス領域の事業開発に従事。製造業を中心に、医薬や金融など多様な業界において、導入事例が乏しい新領域の提案も含め、案件創出から受注までを主導してきました。2023年にHoneywellのAccount Management Directorを退任。現在は株式会社アルファブランディングを通じて、DXや新領域のソリューションにおける初期提案の設計支援を行っています。
はじめに|「次年度の検討に」は次年度以降の意味かもしれない
DX提案が前に進まない。提案内容には自信がある。IT部門との関係も良好で、稟議も通っている。それなのに、役員会やステコミで半年近く止まり、最終的に「次年度の検討課題になりました」と報告が届く。こういった経験は、SI企業の営業やプリセールスであれば、一度や二度ではないのではないでしょうか。
しかしこの「次年度」は、実際には「次年度以降」を意味していることが少なくありません。競合に負けたわけではなく、タイミングの問題と考えて翌年度を待っても、受注には至らない。原因は競合製品ではなく、IT投資とはまったく無関係の経営アジェンダに優先順位で負けているためです。
こうした「止まる構造」は、顧客企業のDX部署がどこに置かれているかと深く関わっています。配置によって評価軸が変わり、稟議の通り方が変わり、経営層への届き方が変わります。本コラムでは、DX部署の配置ごとに提案がどのように止まるのかを整理し、SI側が取るべき提案の切り替え方を見ていきます。
- はじめに|「次年度の検討に」は次年度以降の意味かもしれない
- 1. 課題と背景|DX部署の置き場所が提案の通り方を決める
- 1-1. PoC止まりは提案が弱いのではなく、評価軸がずれている
- 1-2. DX部署の配置は「ライン側」と「スタッフ側」で大きく分かれる
- 2. 課題の構造|配置ごとに「なぜ止まるか」の構造が違う
- 2-1. ライン側DXは「事業部の判断軸」から抜け出せない
- 2-2. 情シスDXは「技術論」として処理され、経営層に届く前に止まる
- 2-3. 経営企画・経営直下DXは通りやすいが、止まる理由が見えにくい
- 3. 解決策|配置ごとに「提案の構造」を切り替える
- 3-1. ライン側DXには「業務→経営」への二段階設計が必要
- 3-2. 情シスDXには「経営翻訳レイヤー」をSI側が補完する
- 3-3. 経営企画・経営直下DXには「経営アジェンダとの競合」を先に診断する
- まとめ|配置を読むことが、提案の入口を変える
- 【参考】CaseScenario™なら
1. 課題と背景|DX部署の置き場所が提案の通り方を決める
1-1. PoC止まりは提案が弱いのではなく、評価軸がずれている
DX提案がPoC止まりになるとき、営業側は提案の内容や競合製品との比較に原因を探しがちです。しかし実際には、提案そのものよりも、受け手の部署が持っている評価軸と、提案が語っている論点がかみ合っていないことが原因であることが多くあります。
事業部内のDX担当が相手であれば、評価は「この業務がどれだけ楽になるか」に集中します。情報システム部の配下であれば、「セキュリティは問題ないか」「既存システムと整合するか」が先に立ちます。経営企画や経営直下のDX部門であれば、「中期経営計画のどの課題と接続するか」を問われます。
同じ提案でも、どの部署に届くかによって評価の入口がまったく変わる。これが「なぜか通らない」の正体です。提案を見直す前に、まず相手のDX部署がどこに置かれているかを確認することが、実は最初の一手になります。
1-2. DX部署の配置は「ライン側」と「スタッフ側」で大きく分かれる
企業のDX部署の置き方は、大きく「ライン側(事業部内)」と「スタッフ側(全社機能)」に分かれます。スタッフ側はさらに、情報システム部配下・経営企画配下・経営直下DX部の3つに分岐します。
ライン側のDXは、事業部のKPI改善を主な目的として設計されており、投資判断の基準が短期の業務効果に閉じています。スタッフ側のうち情シス配下は、IT最適化・コスト管理が中心で、経営層へのルートを自前では持ちません。経営企画配下や経営直下DX部は、全社的な変革テーマや中期経営計画との接続が問われます。
この4類型を把握しておくことで、「この顧客のDX部署はどのパターンか」という診断が提案設計の入口になります。どのパターンかによって、提案の語り口・論点の優先順位・経営層への届け方が変わるためです。
2. 課題の構造|配置ごとに「なぜ止まるか」の構造が違う
2-1. ライン側DXは「事業部の判断軸」から抜け出せない
事業部内にDXが置かれている場合、投資判断の権限は事業部内に閉じています。事業部はP/L責任を持つため、評価基準が短期の改善効果と担当者負荷に集中しやすく、「まずは小規模に検証しよう」という結論が最も合理的な選択として浮かび上がります。PoCに収束するのは消極的な判断ではなく、事業部という構造から見れば選び得る現実解の一つです。
問題は、事業部には他部門との利害調整権限がなく、財務インパクトの算出や中期経営計画との整合を自ら整理する機能も持っていないことです。そのため、SI側がどれほど優れた提案を持ち込んでも、「事業部の視座では扱えない論点」として縮小され、全社投資の議論に発展しません。
SI側から見ると、提案が「事業部内の改善案」として処理されてしまう構造が最初からあります。提案の中身ではなく、届く先の権限設計が、PoCの出口を最初から塞いでいるのです。
2-2. 情シスDXは「技術論」として処理され、経営層に届く前に止まる
情報システム部配下にDXが置かれている場合、DXは「IT最適化の延長」として扱われます。情シスはコストセンターであり、投資判断の文法が「IT予算」と「既存資産との整合性」に寄るため、戦略的なDX提案も技術施策として処理されやすくなります。
ここで起きることは、SI側の提案が経営層に届く前に技術論として着地してしまうことです。情シスには「経営の言葉で経営層に説明する」役割がなく、かつその回路も持っていないため、提案がどれほど経営課題に接続できていても、経営層の判断に載る形で上がりません。PoCで止まるのは、技術検証の枠組みで評価が完結してしまうためです。
2-3. 経営企画・経営直下DXは通りやすいが、止まる理由が見えにくい
経営企画や経営直下のDX部門が相手の場合、提案は「経営施策」として評価されます。PoCよりも初期から全社規模の議論に進みやすく、SI側にとって最もスケールを狙いやすい相手です。
ただし、止まるときの理由がつかみにくいという構造的な落とし穴があります。IT担当部門との関係が良好で稟議も通過しているのに、役員会やステコミで半年以上止まる、というパターンです。こうした場合、競合製品が原因と誤診しやすいのですが、実際には別の経営アジェンダが優先されているケースがほとんどです。
外資系ITベンダーの営業をしていた時期に、この誤診を複数回経験しました。役員会での承認が止まった案件に対し、競合との比較資料を作り、自社役員と顧客役員の面談を設定するなど手を打ちました。しかし止まっている原因は競合製品ではなく、「欧州販売の強化」や「工場ラインの組み替え」といった、IT投資とはまったく無関係の経営アジェンダとの優先順位競合でした。IR情報やアニュアルレポートにはその判断が記載されていましたが、その視点で読んでいなかったため気づけなかったのです。
さらに、経営アジェンダは1年で解決するものではなく、複数年かけて進行します。「次年度の検討課題」として報告を受けても、翌年度に受注できるとは限りません。その経営アジェンダが続いている限り、IT投資の優先順位は上がらないためです。「次年度」は実質「次年度以降」であり、待つだけでは状況は変わりません。
加えて、役員構成の変化にも注意が必要です。提案期間中に役員が交代し、新任役員が特定の経営アジェンダを強く推進したことで、承認が改めてストップした経験もあります。それ以降は、IR・決算資料だけでなく、全役員の経歴やメディアインタビューを一覧化し、それぞれが経営課題をどの視点で見ているかを把握するようにしました。これにより、経営層の承認で止まることはほぼなくなりました。
3. 解決策|配置ごとに「提案の構造」を切り替える
3-1. ライン側DXには「業務→経営」への二段階設計が必要
事業部配下にDXが置かれている場合、提案を事業部の評価軸だけに合わせていると、PoCの枠から出られません。突破するためには、「事業部が理解できる業務の価値」と「全社として判断できる経営の論点」を両方用意する二段階の設計が必要です。
最初の段階では、事業部が重視する業務効率化・担当者負荷・改善効果を整理し、事業部が「なぜこの投資が必要か」を自ら説明できる材料を作ります。次の段階では、その業務改善が中期経営計画のどの目標に接続するかを示し、「この投資は事業部内の話ではなく、全社的な意義を持つ」という論点を補完します。
事業部は他部門との利害調整権限を持っていないため、SI側がこの全社視点の翻訳を担わなければ、誰も担いません。この二段階を設計することで、事業部だけでは動かせなかった投資判断を、経営層が扱える議題に引き上げられます。
3-2. 情シスDXには「経営翻訳レイヤー」をSI側が補完する
情シス配下にDXが置かれている場合、情シスが経営層に説明できる論点を自前で用意することは構造的に難しい状況です。SI側が取るべきは、情シスに代わって「経営の言語で語る翻訳レイヤー」を設計することです。
需要予測の精度改善を提案した際に、事業部の財務責任者からダメ出しを受けたことがあります。精度が13%改善するという説明だけでは動かなかった。そこで、棚卸資産の圧縮・緊急配送費の削減・廃棄コストの減少をそれぞれ金額ベースに換算し直して示したところ、納得を得られました。技術指標を経営指標に変換する、というのはこういうことです。
クラウド化の提案であれば、「インフラ更新」ではなく「意思決定の迅速化に必要なデータ基盤の整備」として語り直す。セキュリティ対応の提案であれば、「リスク排除」ではなく「中期経営計画で掲げるグローバル展開の前提条件」として位置づける。情シスが口頭では伝えにくい戦略的意義を、SI側が論点として先に設計することで、経営層への回路を作れます。
3-3. 経営企画・経営直下DXには「経営アジェンダとの競合」を先に診断する
経営企画や経営直下のDX部門が相手の場合、提案の評価軸は経営課題との接続に移ります。ここでSI側が最初に確認すべきは、「自社の提案が現在の経営アジェンダと競合しているかどうか」の診断です。
役員会やステコミで止まっているとき、反射的に競合製品との比較を疑いたくなりますが、実際には無関係の経営アジェンダに優先順位で負けているケースが多くあります。IR・中期経営計画・決算説明資料を読み、「この顧客が今、経営として何を最優先にしているか」を把握したうえで、提案をそのアジェンダに接続し直すことが先決です。
さらに、役員構成の変化にも目を向けます。提案期間中に役員が交代すると、経営アジェンダの優先順位が入れ替わることがあります。全役員の経歴・発言・インタビューを把握し、それぞれが何を重視しているかを事前に整理しておくことで、承認プロセスの変化を早期に察知できます。
提案が「IT投資」ではなく「経営判断」として扱われる領域では、SI側が用意すべき材料も変わります。担当者が上位層に説明できる形で論点を整えておくこと、そして経営アジェンダとの接続がどこにあるかを可視化しておくことが、このパターンで提案を前に進める基本的な設計です。
まとめ|配置を読むことが、提案の入口を変える
DX部署の置き場所は、組織図の上では形式的な違いに見えます。しかし実際には、評価軸・稟議ルート・経営層への届き方を決める構造です。事業部配下であれば業務改善の延長として扱われ、情シス配下であれば技術施策として処理される。経営企画・経営直下であれば経営課題との接続が問われ、止まる理由も見えにくくなります。
「なぜか通らない」と感じたとき、提案の内容を見直す前に、まず相手のDX部署がどの配置にあるかを確認してみてください。配置が分かれば、提案のどこを切り替えるべきかが見えてきます。提案を磨くより先に、届ける構造を変えることで、状況が動き出すことがあります。
【次に読むべきコラム】
👉️ PoCが本番導入につながらない理由|営業が初期提案で変えるべき設計とは
【参考】CaseScenario™なら
DX部署の配置を読んだとしても、「では具体的に何を用意すればよいか」の設計は簡単ではありません。事業部には業務課題を全社視点に引き上げる翻訳が必要です。情シス配下には技術指標を経営指標に変換するレイヤーが必要です。経営企画・経営直下には、経営アジェンダとの接続を可視化した論点設計が必要です。
CaseScenario™は、IR・中期経営計画から顧客の経営ゴールを読み解き、業務課題を経営課題に翻訳し、案件化・検討開始・承認前進に必要な判断材料を初期段階で整える「初期提案の設計図」を作成するサービスです。担当者経由で社内説明が進む場面でも、提案のロジックが失われずに上位層まで届く構造を、提案の初動から設計します。
配置構造ごとに異なる評価軸に対して、最初から経営の論点で提案を組み立てたい場合にお役立ていただけます。







