ALPHA BRANDING Corp.

CaseScenario

Column

PoCが予算化できない理由|本導入で止まる三つの断層と接続設計

多数の精密な銀色の歯車が噛み合う中で、中心にある一つの金色の歯車だけが他の歯車と噛み合わず、浮き上がっている様子。組織の既存構造と新しい施策が接続できていない状態を象徴するイメージ。
宮崎祥一の顔写真

執筆者:宮崎 祥一

Honeywell、Experian、Teradata、Avanade、SAS Instituteなどで、アナリティクス領域の事業開発に従事。製造業を中心に、医薬や金融など多様な業界において、導入事例が乏しい新領域の提案も含め、案件創出から受注までを主導してきました。2023年にHoneywellのAccount Management Directorを退任。現在は株式会社アルファブランディングを通じて、DXや新領域のソリューションにおける初期提案の設計支援を行っています。

はじめに|PoCは前向きだったのに、なぜ本導入の話になると止まるのか


PoCでは手応えがあった。現場の反応も悪くない。導入後のイメージも、ある程度見えていた。それなのに、本導入の話になった途端に止まってしまう——そういう経験は、ありませんか。

私自身、外資系プロセス管理ベンダーで医薬品の品質管理ソリューションを販売していたとき、まさにこの壁にぶつかりました。大手製薬メーカーの品質保証部門と密にミーティングを重ね、製品の機能から導入ロードマップまで共有していました。先方もかなり前向きで、稟議に向けて動き始めていたときのことです。

ある時点で、予算化の主体が変わりました。品質保証部門で予算を取るつもりだったのが、当時のFDA監査強化を背景に、米国工場の生産管理部門が先行して予算化することになったのです。しかも、それが判明したのは、かなり案件が進んでからでした。ロードマップも大幅に組み直さざるを得ず、クロージングまでさらに1年近くかかりました。後から振り返ると、先方の品質保証部門も当初は自部門で予算を取るつもりだったが、社内の意思決定ルールが途中で変わった——そのことに、私は気づいていなかったのです。

止まっているのは技術ではありません。PoCの成果を次の予算と意思決定につなぐ設計が、抜けていたのです。このコラムでは、その断層がどこにあるのかを整理し、営業担当者として何を確認・設計しておくべきかを説明します。

1.課題と背景|PoCは進んでも、本導入の予算化で止まる


1-1.PoCで問われることと、本導入で問われることは違う

PoCの段階では「試す価値があるか」「技術的に成立するか」「現場で使えるか」が問われます。一方、本導入では「誰が予算を持つのか」「どの部門が責任を負うのか」「全社として優先する投資なのか」が問われます。検証の判断から投資の判断へと、論点そのものが切り替わります。

そのため、PoCの段階で前向きに見えていた案件であっても、本導入では別の会議体、別の評価基準、別の責任範囲で見直されます。PoCの成功が、そのまま本導入の前進を意味しないのはここに理由があります。

1-2.PoCを主導した部門と、本導入の予算を持つ部門は一致しないことがある

営業側は、最初に強い課題を持ちPoCを前向きに進めている部門を中心に提案を組み立てます。しかし本導入の段階では、別の部門や別の拠点が予算主体になることがあります。

品質保証部門が課題を持ちPoCを主導していても、規制対応や生産責任を担う別の拠点が予算執行主体になる——そういうことは起きます。その場合、PoCで得られた成果が否定されていなくても、案件の主語が途中で変わるため、導入順序・責任範囲・展開計画を組み直さなければなりません。

1-3.止まっている案件に共通するのは「成果の受け渡し先が見えていないこと」だ

PoC止まりの案件に共通しているのは、PoCで確認した成果をどの部門の予算に接続し、どの会議体で扱い、誰の責任で次フェーズへ移すのかが設計されていないことです。

現場の評価と投資の論理は、必ずしも同じ部門が担うとは限りません。「この部門がそのまま導入を決める」という前提で進めていると、本導入の段階で構造的なずれが表面化します。成果が出ているのに予算化だけが進まない状態は、ここから生まれます。

2.課題の構造|PoCの成果が本導入に接続されない三つの断層


PoCが止まる案件では、現場で一定の成果が確認され関係部門も関心を持っているにもかかわらず、本導入に進まないことがあります。その背景には、制度・組織・認識という三層にわたる断層が生じていることがあります。

2-1.制度レベルの断層|PoCと本導入は同じ案件として扱われない

営業側から見ると、PoCは本導入に向けた前段階です。しかし顧客側の制度上、PoCと本導入が同じ案件として連続的に処理されるとは限りません。

PoCは調査・検証・試行として比較的小さな枠組みで進められます。本導入は継続運用・責任分界・投資回収・展開範囲まで含めて判断されるため、別の予算区分、別の承認ルート、別の会議体に移ります。PoCの成果が出ていても、その成果を受け取る制度上のルートが用意されていなければ、案件は制度上の空白に落ちます。成果が出ていないのではなく、引き継ぐ制度的な接続先が設計されていない——これが第一の断層です。

2-2.組織レベルの断層|推進部門と予算部門の主語がずれる

PoCでは課題を最も強く持つ部門が主導役になり、営業側もその部門を起点に提案を組み立てます。しかし本導入になると、予算を執行する部門、導入責任を負う部門、全社展開を判断する部門が別に存在することがあります。

部門が変われば、重視する論点も変わります。PoCを推進した部門は有効性を評価していても、予算部門は投資対効果や負担配分を見ます。PoC段階では一致していたはずの認識が、本導入の段階で分岐します。さらに、途中で顧客側の社内ルールや組織構造が変わることもあります。そのことに気づかないまま進めていると、成果は評価されても案件としての前進は生まれません。これが第二の断層です。

2-3.認識レベルの断層|PoCの成果が投資判断の言語に変わっていない

PoCでは現場の改善や技術的な有効性が確認されます。工数削減、精度向上、リードタイム短縮、異常検知の早期化といった成果です。これらは現場にとって価値があります。

しかし本導入で判断されるのは、その成果そのものではありません。その成果がどの経営課題に接続し、他の投資案件と比べてなぜ優先されるのかが問われます。どの損失を減らすのか、どのリスクを下げるのか、どの範囲に展開できるのか。こうした比較可能な形に変換されて初めて、PoCの成果は経営判断の材料になります。「効果は理解できるが、今すぐ投資すべき理由にはなっていない」という反応は、成果不足ではなく、この翻訳が行われていないことから生じます。これが第三の断層です。

3.解決策|PoCの成果を、本導入の意思決定へ接続する


PoC止まりを防ぐうえで見直すべきは、技術的な評価を高めることだけではありません。PoCで確認した成果を、本導入の予算と意思決定に接続する設計を先に持つことです。以下では、制度・組織・認識の三層それぞれに対応する実務上の観点を整理します。

3-1.制度設計の観点|本導入に接続する予算ルートをPoC開始前に確認する

最初に確認すべきは、成果が出た後にどの予算ルートへ接続するのかという点です。少なくとも次の三点を、PoC開始前に確認する場を作ることを推奨します。本導入の予算執行主体はどこか。その予算をどの区分で扱うのか。単年度として扱うのか、複数年度の投資として扱うのか。

特に注意が必要なのは、PoCを主導した部門がそのまま本導入予算を持つとは限らないことです。「成功したらそのまま進む」ではなく、「成功した場合、どの予算と承認ルートに接続するのか」を先に見ておくことで、制度上の空白を回避しやすくなります。

3-2.組織設計の観点|PoC完了後に誰が引き取るのかを先に明確にする

次に押さえておくべきは、PoCの成果を誰が次フェーズへ引き取るのかという点です。PoC完了後に単なる報告会で終わらせず、次フェーズへの移行条件を確認する場を設けることが有効です。

確認すべきは三点です。誰が本導入の責任主体になるのか。どの会議体に案件を上げるのか。何を満たせば本導入審議に進むのか。加えて、提案期間中に顧客側の組織構造や社内の意思決定ルールが変わることがあります。担当部門の変化や役員の異動が、予算執行の主体を変えることは珍しくありません。推進部門だけを見続けるのではなく、予算を執行する組織の変化にも目を向けておく必要があります。

3-3.認識設計の観点|PoCの成果を投資判断に使える形へ変換する

PoCの成果が本導入につながらないもう一つの理由は、成果の意味づけが現場のままで止まっていることです。本導入で問われるのは「改善したかどうか」ではなく、何の経営課題に接続するのか、他案件よりなぜ優先されるのかです。

PoCの成果は、現場の改善指標から投資比較に使える指標へ変換する必要があります。工数削減なら年間削減額へ。運用負荷の低下なら、継続運用の実現条件として。品質・統治の改善なら、監査対応・規制対応のリスク低減として整理する。過度に財務指標を並べる必要はありません。他案件と並べて比較できる形に整えることが目的です。

三層の観点を実務上の確認項目として整理すると、次の通りです。

観点

何を確認するか

制度

どの予算区分・会計区分で本導入を扱うか

調査費ではなく、戦略投資枠で審議対象にする

組織

誰が次フェーズを引き取り、どの会議体に上げるか

経営企画が投資審議へ接続、生産管理部門が予算執行主体

認識

PoC成果をどの経営指標に翻訳するか

工数削減→年間削減額、統治改善→監査リスク低減

制度・組織・認識の三層が接続されていれば、PoCは単なる検証結果ではなく、次の意思決定を動かす材料になります。PoCを成功で終わらせないためには、最初から本導入までを一つの意思決定構造として設計しておくことです。

まとめ|PoCを「始まり」に変えるために


PoCがうまくいったのに、本導入だけが進まない。そのとき、つい「成果が足りなかったのではないか」「説得が弱かったのではないか」と考えがちです。ただ、実際のところ、止まっているのは技術ではなく、成果を次の予算や意思決定につなぐ設計であることが多いものです。

いま進行中、あるいはこれから予定しているPoCがあるなら、まず「成功した後、誰が次を引き取るのか」を確認してみてください。予算執行主体はどこか。どの会議体で判断されるのか。成果をどの言葉に置き換えれば投資判断に載るのか。提案を始める前にこれらが見えているかどうかで、案件の進み方は変わります。

PoCの成果を出すことと、その成果が本導入につながることは、同じではありません。そのあいだをつなぐ設計があるかどうか——そこだけ、先に確認しておくといいかもしれません。

【次に読むべきコラム】
👉️ PoCから本番に進まない理由|事前に合意すべき分岐条件と判断設計

【参考】CaseScenario™なら


CaseScenario™は、IR情報や中期経営計画をもとに、企業ごとの経営課題だけでなく、どの部門が予算を握り、どの会議体で投資判断されるのかという制度側の論理まで見据えて、初期提案の設計図を整えます。

このコラムで整理した制度・組織・認識の三層を、提案の初期段階から設計に組み込む——それがCaseScenario™のアプローチです。業務課題を経営課題に翻訳し、案件化・検討開始・承認前進に必要な判断材料を初期段階で整えることで、「成果は出たが次に進まない」という状態を手前で防ぎやすくなります。

👉 CaseScenario™の紹介ページはこちら

ライブラリ

BtoB提案シリーズ

導入事例の制作を依頼する前に知っておくべきことを解説するコラムのバナー。営業が使わない事例になる理由と、担当者止まりを防ぐ設計の考え方を紹介。導入事例の制作を依頼する前に知っておくべきことを解説するコラムのバナー。営業が使わない事例になる理由と、担当者止まりを防ぐ設計の考え方を紹介。
「提案停滞」の文字と、足跡のシルエット図「承認停滞」の文字と、ビジネスパーソン3人のシルエット図「伝達不全」の文字と、4人の人物がネットワークで繋がっているシルエット図「PoC停滞」の文字と、進入禁止のテープのシルエット図「事例依存」の文字と、3つのバインダーのシルエット図「営業実務」の文字と、ジグソーパズルの3つのピースのシルエット図