宮崎 祥一 / ブランドプロデューサー
SAS Institute、Teradata、Honeywellなどの国際企業でアナリティクスのビジネス開発に携わった経験を活かし、オーセンティックマーケティングを通じて、価格競争に陥らない強いブランド作りを支援しています。オーセンティックマーケティングは、企業が本質的な価値を顧客に伝え、持続可能な成長を目指すための戦略です。このブログでは、そうした戦略や実践例を詳しく解説しています。
今日の論点
寡占業界に新規参入できるのか?
もし、あなたの友人が「清涼飲料業界で起業したい」などと言い出したら、どんなアドバイスをしますか。
コカ・コーラやペプシコなどを相手に戦うと言い出しているのですから、まぁ普通なら「モンスター企業にケンカを売るのはやめとけ。もっと他にあるやろ。」と言うのではないでしょうか。
今回はコカ・コーラに勝負を挑んだ起業家のお話です。
目次
1.1 強豪揃いの清涼飲料業界
2. レッドブルの強さの秘密
2.1 飲料メーカーではなくマーケティング会社
3. 商品力ではなくマーケティング力で勝つ
3.1 メッセージの一貫性
3.2 エナジードリング市場の創出
3.3 エクストリームスポーツに特化
4. まとめ
4.1 品質や価格ではなく信念や価値観
1. 清涼飲料業界への新規参入
1.1 強豪揃いの清涼飲料業界
これは日本国内における、清涼飲料業界の売上高ランキングです。有名企業ばかりで、ここに書かれている企業を知らないという人は、まずいないでしょう。このグラフにペプシコーラを製造しているペプシコの名前がありませんが、ご心配無用です。ペプシコはサントリーと提携していますので、そちらでカウントされています。
最初の質問に戻りますが、あなたの友人が「清涼飲料業界で起業したい、コカ・コーラと勝負する」と言い出したら、どんなアドバイスをしますか。そもそも、個人が起業して、何とかできそうな規模のビジネスではなさそうですし、もっと小さく始めることができるビジネスがあると、説得するのではないでしょうか。
しかし、これにチャレンジした起業家がいます。それはディートリッヒ・マテシッツ氏、レッドブルの創業者です。
2. レッドブルの強さの秘密
2.1 飲料メーカーではなくマーケティング会社
ディートリッヒ・マテシッツ氏は、起業する前はユニリーバでマーケティングマネージャーをしていました。その頃に仕事で立ち寄ったタイで、ある商品を見かけます。それは「クラティンデーン」という栄養ドリンクです。ちなみに「クラティンデーン」とはタイ語で「赤い雄牛(Red Bull)」という意味です。
1984年に彼は製造元から販売権を獲得し、ユニリーバを退職してレッドブル・トレーディングを設立します。その後、商品に炭酸を加えるなどの改良を行い、1987年に「Red Bull(レッドブル)の名称で販売を開始しました。現在、従業員数は1万2,000人を超え、世界第4位のシェアを誇るまでになっています。
レッドブルの特徴は、製造や流通は外部へ委託して、マーケティングにリソースを集中しているところです。通常の飲料メーカーは、自社で製造工場を持ち、各拠点に倉庫を設けて、トラックなどの輸送網を整備します。しかしレッドブルは、それらを外部の企業へアウトソーシングしてしまっています。
また逆にマーケティングについては広告代理店に外注せず、全て自社で実施しています。レッドブルは飲料メーカーではなく、マーケティングの会社だと言うことです。これはGoogleやFacebookが、IT企業に見えていて、実は広告代理店であることに似ています。
あと、マーケティング手法に関しても、競合他社とは大きく異なります。競合他社が「美味しい」や「爽やか」、または「健康になる」というような、商品の機能的な側面をメッセージとして発信しているのに対し、レッドブルは自分たちの信念とも言える「翼をさずける」というメッセージだけを伝えています。
エクストリームスポーツなど、若者向けの新しいスポーツに対してスポンサードを行い、「翼をさずける」というメッセージだけを伝えています。これにより、「冒険的でカッコイ」というイメージを定着させることに成功しています。
それでは、このレッドブルのマーケティング手法を、もう少し詳しく見ていきましょう。
3. 商品力ではなくマーケティング力で勝つ
3.1 メッセージの一貫性
レッドブルの「翼をさずける」というメッセージは、思いつきで作られたものではありません。自分たちの信念や、それを実現するためのプロセスなどを、約1年半もの時間を費やして検討し、50以上の素案を作った上で、この「翼をさずける」を選んでいるのです。
レッドブルが実施している全てのプロモーションは、このメッセージを伝えるためだけに行われているのです。「翼をさずける」という一貫性のあるメッセージが、夢を追いかけている若い世代に対して、うけているのです。
3.2 エナジードリング市場の創出
レッドブルが登場するまでは、このカテゴリーの商品は「栄養ドリンク」と呼ばれていました。疲れたおじさんが、少しでも元気を取り戻すために飲む、そういうイメージが定着していたのです。
レッドブルの創業者であるディートリッヒ・マテシッツ氏が、栄養ドリンクに目をつけるきっかけになったのは、大正製薬の「リポビタンD」です。この商品を誰が飲んでいるのかを想像してもらえれば、「栄養ドリンク」という言葉のイメージがわかりやすいと思います。
このイメージをレッドブルは大きく変えてしまいました。カテゴリーの名称も「栄養ドリンク」ではなく「エナジードリンク」、「疲労からの回復」ではなく「パフォーマンスの向上」として再定義を行いました。
簡単に言うと、レッドブルを買うのか、それともリポビタンDを買うのかで、迷う人はいないということです。そもそも比較検討される対象ではないということなのです。レッドブルは新たな市場を創ることに、成功したと言っていいでしょう。
3.3 エクストリームスポーツに特化
レッドブルは、BMX、サーフィン、スケートボードといったような、エクストリームスポーツを中心に、スポンサードを行っています。より多くの消費者に対して、商品を認知させたいのであれば、メジャースポーツのスポンサーになれば良いのですが、あえてそれを避けています。マイナーではあるけれど、若者世代がカッコいいと感じるスポーツに絞り込んでいるのです。その理由はコアなファンを増やすためです。
エクストリームスポーツに携わっている選手やファンからすると、レッドブルは単なるスポンサーではありません。一緒にこのマイナーなスポーツを盛り上げていくパートナーだと認識されています。
彼らはレッドブルを美味しいから飲んでいる訳ではありません。もちろん滋養強壮のために飲んでいる訳でもありません。レッドブルを飲むことが、このスポーツを支援していくことにつながる、そう感じているから飲んでいるのです。
レッドブルは他の清涼飲料と比較すると、かなり高額な価格設定になっています。それでも彼らはレッドブルを購入するのです。
4. まとめ
4.1 品質や価格ではなく信念や価値観
消費者が商品やサービスを購入するときに、商品の品質や価格で判断をしていると思われがちですが、実はそうではありません。商品やサービスが持つ機能ではなく、それを提供する側の信念であるとか、価値観などによって、購買行動が大きく左右されるのです。
商品やサービスが同じであったとしても、何を伝えるのか、どう伝えるのかで、最終的な購買行動が変わってくるのです。
みなさんも、顧客に対してどのようなメッセージを提供しているのか、改めて確認してみてください。もし企業としての信念や価値観を伝えていないのであれば、業績を大幅に改善する余地が残されている・・・ということです。