宮崎 祥一 / ブランドプロデューサー
SAS Institute、Teradata、Honeywellなどの国際企業でアナリティクスのビジネス開発に携わった経験を活かし、オーセンティックマーケティングを通じて、価格競争に陥らない強いブランド作りを支援しています。オーセンティックマーケティングは、企業が本質的な価値を顧客に伝え、持続可能な成長を目指すための戦略です。このブログでは、そうした戦略や実践例を詳しく解説しています。
今日の論点
ブランドの支援者を増やすマーケティング手法
売上が安定しない原因の一つは、自社の商品やサービスの「ファン」が少ないからではないでしょうか?
ファンというとアイドルを応援している人たちのことを思い浮かべるかもしれませんが、ここでいうファンは、Apple社の製品をこよなく愛しているユーザーのような存在であり、熱心な支援者という表現の方が、解りやすいかもしれません。
この熱心な支援者を増やすために実施されるマーケティング手法のことを、ファンマーケティングと呼びます。どうすれば自社の商品やサービスのファンを増やすことができるのか、一緒に考えていきましょう。
目次
1.1 ファンマーケティングとは?
1.2 ファンマーケティングが注目される理由
2. ファンマーケティングの活用事例
2.1 具体的な活用事例:Apple
3. ファンマーケティング:ここを押さえろ!
3.1 ファンを増やしたいのなら自分たちの価値観を伝えろ
4. ファンマーケティングの実装ステップ
4.1 実装するための具体的なステップ
5. ファンマーケティングのメリットとデメリット
5.1 メリット
5.2 デメリット
5. まとめ
5.1 ファンマーケティングの今後について
1. ファンマーケティングとは何か?
1.1 ファンマーケティングとは?
ファンマーケティングとは、企業やブランドのファンを増加させ、そのファンとのエンゲージメントを高めることで、売上や収益の向上を図るマーケティング手法のひとつです。
少数の熱心なファンが売り上げの大半を支えている現象は、パレートの法則(80対20の法則)と呼ばれています。これは、売上の80%が20%の
顧客によって支えられているという法則です。このパーセンテージは厳密なものではありませんが、多くの経営者の方は、直感的にこの法則が成り立っていると感じているはずです。
ファンマーケティングを活用することで、熱心なファンとの信頼関係を深め、彼らのライフタイムバリュー(顧客一人あたりの生涯価値)を上げることが、収益の改善につながります。これこそがファンマーケティングを行う目的なのです。
/ ファンマーケティングの主な要素 /
1. 顧客との関係構築:ファンマーケティングの基本は、顧客との深い関係を築くことです。これには、双方向のコミュニケーション、個別対応、パーソナライズされた体験の提供が含まれます。
2. コミュニティの形成:ブランドや製品に対するコミュニティを形成し、顧客同士が交流できる場を提供します。これにより、顧客はブランドに対してより一体感を持つようになります。
3. エンゲージメント:ソーシャルメディアやイベントを通じて顧客のエンゲージメントを高めます。例えば、コンテスト、キャンペーン、ユーザー生成コンテンツ(UGC)を活用することが有効です。
4. 価値の共有:ブランドの価値観やミッションを顧客と共有し、共感を得ることが重要です。これにより、顧客はブランドに対して感情的なつながりを感じやすくなります。
5. 特別な体験の提供:ロイヤルティプログラムや限定イベント、先行発売など、ファンに対して特別な体験を提供します。これにより、ファンは自分が特別であると感じ、ブランドに対する愛着がさらに深まります。
1.2 ファンマーケティングが注目される理由
ファンマーケティングが注目を集めている背景には、市場の動向や消費者の購買行動の変化が大きく影響しています。以下にその要因をいくつかを解説します。
1. 選択肢の増加:インターネットの発展により、消費者は多くの商品の中から、自分の好みに合ったものを選択できるようになりました。これにより、企業は競合との差別化を図ることを迫られ、顧客との信頼関係を深めるために、ファンマーケティングを実施するケースが増えています。
2. SNSの普及:インターネット上の情報があまりに多過ぎるため、消費者は商品やサービスをひとつに絞り切れないという現象が発生しています。そのような場合に、最も活用されているものはSNSの情報です。友人や知人の口コミ情報をもとに、購入するものを判断するという購買行動の変化が、企業をファンマーケティングの実施に向かわせているのです。
3. 顧客体験の重視:顧客体験(Customer Experience)とは、顧客が商品やサービスを利用する過程で受ける体験の総体を指します。近年の消費者は、自分に合った顧客体験を求める傾向が強まっており、企業はターゲット顧客に合わせたコンテンツや体験を提供するために、ファンマーケティングを活用しています。
これらの要因により、ファンマーケティングが近年ますます重要視される傾向にあります。企業には、市場の動向や消費者のニーズを把握しながら、効果的なファンマーケティングの実施が求められています。
2. ファンマーケティングの具体的な活用事例
2.1 具体的な活用事例:Apple
ファンマーケティングを語る上で、どうしてもこの事例は外せないと思います。成功事例としてAppleを紹介します。「知ってるよ」という方も多いとは思いますが、復習だと思ってお付き合いください。
/ 背景 /
Appleは、1976年にスティーブ・ジョブズ、スティーブ・ウォズニアック、ロナルド・ウェインによって設立され、革新的なコンピュータ製品を提供することで急速に成長しました。特に、1984年に発売された初代Macintoshは、個人向けコンピュータ市場に革命をもたらしました。しかし、1990年代半ばには競争が激化し、業績が低迷していました。この状況を打開するため、ジョブズが1997年に復帰し、Appleのブランドと製品戦略を再構築することが求められました。
/ 戦略 /
Appleは、以下のようなファンマーケティング戦略を展開しました。
価値観の明確化と共有: 「Think Different」というスローガンを掲げ、創造性と革新を強調。製品デザインやユーザー体験において、一貫してこの価値観を反映させました。
ストーリーテリングの活用: 新製品発表イベントや広告キャンペーンで、製品の背景や哲学を情熱的に語り、スティーブ・ジョブズのカリスマ的なプレゼンテーションが特に強い影響力を持ちました。
特別な体験の提供: Apple Storeのデザインやサービス、製品のユーザーインターフェースにおいて、顧客に特別な体験を提供。これにより、製品の購入から使用に至るまで一貫した高品質な体験を提供しました。
エコシステムの強化: Apple製品が相互に連携し、シームレスなユーザー体験を提供。これにより、一度Appleの製品を使い始めた顧客は、他のApple製品も購入する動機付けとなりました。
/ 成果 /
Appleのファンマーケティング戦略は、多くの顧客から高い評価を受け、以下のような成果を上げました。
ブランドロイヤルティの向上: Apple製品の購入者は、他のApple製品も積極的に購入する傾向が強まり、エコシステム全体の売上が増加しました。
新製品の成功: iPhone、iPad、Apple Watchなどの新製品は、発売直後から高い人気を博し、売上が急増しました。
顧客エンゲージメントの強化: Today at Appleセッションや新製品発表イベントを通じて、顧客とのエンゲージメントが強化され、ブランドへの忠誠心が深まりました。
/ 成功要因 /
Appleの成功要因は、以下の点にあります。
一貫した価値観の共有: 「Think Different」という明確な価値観を持ち、製品やマーケティングに一貫して反映させたこと。
魅力的なストーリーテリング: スティーブ・ジョブズのカリスマ的なプレゼンテーションや広告キャンペーンを通じて、製品の魅力を効果的に伝えたこと。
顧客中心の体験設計: Apple Storeや製品のデザイン、ユーザーインターフェースにおいて、顧客の体験を最優先に考えたこと。
強力なエコシステムの構築: Apple製品間のシームレスな連携により、顧客が複数のApple製品を使用する動機を提供したこと。
これらの要因が組み合わさることで、Appleは顧客との深い信頼関係を築き、熱心なファンベースを形成することに成功しました。この戦略は、他の企業にとっても非常に参考になるものです。
下記に「Think Different」の動画(日本語訳付き)を添付しましたので、確認してみてください。
3. ファンマーケティング:ここを押さえろ!
3.1 ファンを増やしたいのなら自分たちの価値観を伝えろ
ファンマーケティングで最も重要なことは、企業と顧客が同じ価値観を共有することです。以下のポイントでさらに具体的に考えてみましょう。
1. 価値観の明確化と共有:
ファンマーケティングにおいて、企業と顧客が同じ価値観を共有することは非常に重要です。まず、企業は自社のビジョン、ミッション、価値観を明確に定義する必要があります。これにより、企業のアイデンティティが顧客に伝わりやすくなります。
ストーリーテリングを活用して、企業の歴史や創業者の思い、製品やサービスの背景にある哲学などを魅力的に語ることで、顧客に共感を呼ぶことができます。
2. 同じ価値観を持つ顧客の特定:
次に、市場調査や顧客アンケートを通じて同じ価値観を持つ顧客層を特定することが重要です。これにより、ターゲットマーケティングが効果的に行えます。
例えば、ソーシャルメディアやイベントを通じて同じ価値観を持つ顧客同士がつながる場を提供することで、顧客との一体感を深めることができます。企業は、価値観を共有する顧客コミュニティを形成し、これを育てていくことが求められます。
3. 価値観が異なる顧客への共感の促進:
価値観が異なる顧客に対しては、企業の価値観に共感できるような特別な体験を提供することが有効です。例えば、ブランド体験イベントやパーソナライズドサービスなどが挙げられます。
また、教育活動や啓蒙活動を通じて企業の価値観や理念を理解してもらうことも重要です。これにより、顧客の認識を変え、共感を呼び起こすことができます。
4. 継続的なコミュニケーション:
さらに、顧客からのフィードバックを積極的に収集し、それを基にサービスや製品を改善することで、顧客は自分の意見が反映されていると感じ、企業への信頼が深まります。
また、ソーシャルメディアやカスタマーサポートを通じて双方向のコミュニケーションを継続的に行うことも重要です。顧客の声を反映することで、企業は顧客に対する誠実さを示すことができ、長期的な信頼関係を築くことができます。
5. 成功事例の共有:
最後に、同じ価値観を持つ顧客が企業とどのように成功しているかを示すケーススタディを提供することで、他の顧客にも同じ価値観を共有する動機付けとなります。
具体的には、顧客が企業の製品やサービスを利用して得られた成功体験を共有することで、他の顧客にもブランドに対する信頼感を醸成することができます。企業のウェブサイトやソーシャルメディアで顧客の声を紹介し、これを広く伝えることで、新たな顧客の獲得にもつながります。
企業と顧客が同じ価値観を持つことは、ファンマーケティングの成功に不可欠です。企業は自らの価値観を明確にし、それを顧客に伝え、共感を呼ぶための体験を提供することで、深い信頼関係を築くことができます。
このプロセスを通じて、企業は熱心なファンを育て、長期的な成功を収めることができます。企業が継続的に顧客との関係を強化し、価値観を共有する努力を続けることで、顧客はブランドに対する忠誠心を高め、積極的な推奨者となります。
4. ファンマーケティングの実装ステップ
4.1 実装するための具体的なステップ
実装するための具体的なステップを見ていきましょう。プロジェクトがすでに始まっている方に向けて、詳細な手順を説明します。これから検討を始める方は、このセクションを斜め読みするか、読み飛ばしていただいても構いません。
/ 計画フェーズ (Planning Phase) /
1. 目標設定:企業はまず、ファンマーケティングの導入によって達成したい目標を明確にします。これには、顧客ロイヤルティの向上、ブランド認知度の拡大、新規顧客の獲得などが含まれます。
2. 価値観の定義:企業のビジョン、ミッション、価値観を明確に定義し、これを基盤としてマーケティング戦略を策定します。このステップでは、企業の核心となる価値観を洗練させ、文書化します。
3. 顧客セグメンテーション:顧客データを分析し、価値観を共有する可能性が高い顧客セグメントを特定します。この段階では、顧客の購買履歴、行動パターン、デモグラフィック情報を活用します。
4. KPIの設定:成功の測定に必要な主要業績評価指標(KPI)を設定します。これには、顧客ロイヤルティスコア(NPS)、リピート購入率、ソーシャルメディアのエンゲージメント率などが含まれます。
/ 準備フェーズ (Preparation Phase) /
5. ストーリーテリングの準備:企業の価値観や歴史、創業者の思いを伝えるためのストーリーを作成します。これには、ビデオ、ブログ、ソーシャルメディア投稿などのコンテンツが含まれます。
6. コミュニティプラットフォームの選定:顧客が交流できるオンラインコミュニティプラットフォームを選定し、設定します。これには、Facebookグループ、専用フォーラム、イベントアプリなどが考えられます。
7. 教育資料の作成:企業の価値観や理念を顧客に理解してもらうための教育資料を作成します。これには、ウェビナー、ホワイトペーパー、ワークショップのコンテンツが含まれます。
8. トレーニングの実施:社内のマーケティングチームやカスタマーサポートチームに対して、ファンマーケティングの理念と実施方法に関するトレーニングを行います。
/ 実施フェーズ (Execution Phase) /
9. コミュニティの立ち上げ:選定したプラットフォーム上で顧客コミュニティを立ち上げ、顧客が参加しやすい環境を整えます。初期段階では、特典やインセンティブを提供してコミュニティへの参加を促します。
10. コンテンツの配信:ストーリーテリングコンテンツ、教育資料、特別な体験を提供するイベント情報などを、計画に基づいて定期的に配信します。これにより、顧客とのエンゲージメントを高めます。
11. ソーシャルメディアキャンペーン:ソーシャルメディアを活用して、顧客の参加を促進し、企業の価値観を広めるキャンペーンを実施します。例えば、ユーザー生成コンテンツ(UGC)を促進するためのハッシュタグキャンペーンなどが有効です。
12. 顧客エンゲージメントの強化:パーソナライズされたメッセージや特典を通じて、顧客との個別対応を強化し、深い関係を築きます。顧客のフィードバックを積極的に収集し、それに応じた対応を迅速に行います。
/ モニタリングフェーズ (Monitoring Phase) /
13. KPIの追跡:設定したKPIを定期的に追跡し、ファンマーケティング活動の成果を評価します。これにより、戦略の効果を確認し、必要に応じて調整します。
14. フィードバックの分析:顧客からのフィードバックを分析し、製品やサービスの改善点を特定します。定期的なアンケートや調査を実施して、顧客満足度やエンゲージメントを測定します。
15. 成功事例の共有:ファンマーケティングの成功事例を社内外で共有し、他のチームや部門が参考にできるようにします。これにより、成功事例を基にしたさらなる改善策を導入します。
16. 継続的な改善:モニタリング結果を基に、ファンマーケティング戦略の継続的な改善を行います。新たなアイデアやアプローチを試行し、顧客との関係をさらに強化していきます。
これらのステップを通じて、企業はファンマーケティングを効果的に実装し、顧客との深い信頼関係を築くことができます。
5. ファンマーケティングのメリットとデメリット
5.1 メリット
1. 競合との差別化が図れる:ファンマーケティングを通じて、ビジョンや信念といった企業の価値観を顧客に伝えることで、顧客との信頼関係を築くことができます。この価値観は競合他社が模倣できるようなものではありませんので、競合他社との差別化要因とすることができます。
2. 継続的なビジネス成長が期待できる:ファンマーケティングでは、顧客との信頼関係を築くことが重要です。顧客が企業や製品に対して信頼感を持つと、リピート購入や紹介での購入が増え、ビジネスの成長につながります。また、顧客が企業に対してロイヤルティを持つことで、市場環境が変化したとしても、ビジネスを継続的に維持することができます。
3. 口コミで新規顧客獲得コストが低減:ファンが商品やサービスに対して満足感を抱いていると、それを誰かに伝えたくなります。これにより自然に口コミが広がります。この口コミによる紹介は、顧客にとって信頼性が高い情報であり、新規顧客獲得の際に効果的です。従来の広告やマーケティング手法と比較して、口コミによる新規顧客の獲得は、コストは低く抑えられる傾向にあります。
4. フィードバックで商品やサービスを改善:ファンマーケティングでは、顧客から直接フィードバックを得ることができます。このフィードバックを活用して、商品やサービスの改善や新機能の開発を行うことができます。顧客の課題に対して適切な対応を取ることで、顧客満足度が向上に、ファンの増加につながります。
5.2 デメリット
1. リソースが確保できなければ効果が出ない:ファンマーケティングを成功させるためには、人材や予算などのリソースが必要です。実施する規模にもよりますが、コンテンツの制作やイベントの実施など、かなり多くのリソースを要します。十分なリソースを投入できない場合は、効果が低くなってしまうリスクがあります。
2. 成果が出るまでに時間がかかる:ファンマーケティングは、顧客との信頼関係を築くことを目的としているため、成果が出るのに時間がかかります。ステークホルダーには短期での成果を期待している人も少なからずいるため、事前の説明が大切です。
3. 顧客対応が煩雑化する:ファンマーケティングでは、企業と顧客とのコミュニケーションが頻繁に行われることになります。そのため、問い合わせの対応やクレーム処理などに、かなりの工数を割かれることになります。個人の対応に期待するのではなく、情報システムの活用などを検討し、組織立った対応をする必要があります。
6. まとめ
6.1 ファンマーケティングの今後について
ファンマーケティングは、顧客との信頼関係を深めることで、持続的にビジネスを成長させる手法です。近年、顧客の購買に対する判断が、価格や品質ではなく、価値観を共有できるかどうかに、変化してきていますので、ファンマーケティングを通じて、顧客をファンにすることは、さらに重要度を増してくると予測されています。
ただ、ファンマーケティングは、オンラインとオフラインを連携させながら実行すると、高い効果を上げることができますので、リソースの確保の問題に折り合いをつけながら、具体的な事例やステップを参考に、自社に合った施策を実施してください。