宮崎 祥一 / ブランドプロデューサー
SAS Institute、Teradata、Honeywellなどの国際企業でアナリティクスのビジネス開発に携わった経験を活かし、オーセンティックマーケティングを通じて、価格競争に陥らない強いブランド作りを支援しています。オーセンティックマーケティングは、企業が本質的な価値を顧客に伝え、持続可能な成長を目指すための戦略です。このブログでは、そうした戦略や実践例を詳しく解説しています。
今日の論点
価格競争に陥らない強いブランドを作る
いつも安売り競争ばかりで利益が出ない・・・こんなこと、ありませんか。ライバルに負けないように、商品の機能を強化し、品質を高め、より美しいデザインにしているにも関わらず、価格競争に陥ってしまい、会社に利益が残らない。よく聞くパターンですよね。
その一方で、ライバルと比較して高額であるにもかかわらず、飛ぶように売れる商品があります。たとえば高級ブランドのバッグとか、プレミアムワインとか・・・。
「どうしてこんなに高いの ?」
「こんな値段で買うやついるの?」
「ゼロがひとつ多くない?」
でも、その値段で買ってしまう熱狂的なファンっているんですよね。今回のテーマは、高額商品を惜しげもなく購入する、熱狂的なファンについて考えてみたいと思います。
今回は統計データ多めなので、眠れない夜にピッタリです。おやすみなさい。
目次
1. コモディティ化から脱却して収益性を改善
1.1 コモディティ化とはなにか?
機能や品質で差別化することが難しくなり、価格競争に陥ってしまうことを「コモディティ化」と呼びます。下記はコモディティ化に関するアンケート調査(※1)の結果です。
※1:顧客接点戦略実態調査, (JMA Consultants Inc. 2016)
顧客接点戦略実態調査
質問 ①:製品・サービスのコモディティ化が進んでいる
そう思う | 26% |
ややそう思う | 41% |
あまりそう思わない | 25% |
そう思わない | 8% |
[そう思う] + [ややそう思う] = 26% + 41% = 67%
質問 ②:コモディティ化からの脱却、差別化が難しい
そう思う | 25% |
ややそう思う | 50% |
あまりそう思わない | 22% |
そう思わない | 4% |
[そう思う] + [ややそう思う] = 25% + 50% = 75%
67%の企業が「コモディティ化が進んでいる」と回答しており、また75%の企業が「脱却・差別化が難しい」と回答しています。このふたつの質問によって、多くの企業がコモディティ化に陥っているにもかかわらず、そこから抜け出せずにいることが解ります。
1.2 ブランド力とはなにか?
このようにコモディティ化に苦しむ企業がある一方で、価格競争に無縁の企業もあります。いわゆる「ブランド力」のある企業のことです。そもそも、この「ブランド力」の正体とはいったい何なのでしょうか?
- 3万円のブランドワインと、3,000円の一般的なワイン。10倍の価格差がありますが、10倍 美味しいわけではありません。
- 30万円のブランド腕時計と、3万円の一般的な腕時計。10倍の価格差がありますが、10倍 美しいわけではありません・・・もちろん10倍 正確な時間を示すわけでもありません。
この大きな価格差は、商品の機能やスペックの差だけでは説明が付きません。消費者が自分自身の頭の中で作り上げた「想像上の価値」、これこそが、この価格差を生み出しているのです。これが「ブランド力」の正体です。
1.3 価格競争かブランディングか
あなたの目の前は、2つの道に分かれています。必ずどちらかの道を進まなければなりません。
ひとつめは「コモディティ化の道」です。コストカットをさらに進めて、価格競争で競合他社を凌駕する戦略です。ふたつめは「ブランディングの道」です。お客様の共感をベースに、単品あたりの収益性を高める戦略です。
「コモディティ化の道」を選ぶということは、競合よりも安く商品を提供するという戦略を選ぶことです。大量購入や大量生産によって、商品単価を引き下げるという戦略であるため、資本力が大きくものをいうことになります。
「ブランディングの道」を選ぶということは、熱狂的なファンを少しずつ増やしていくという戦略を選ぶことです。顧客を絞り込み、その顧客が最高に喜ぶ商品を提供するため、アイデアと手間が必要とされる戦略です。
資本力にものをいわせて、コモディティ化の市場で勝利をつかむという方は、これ以上、読み進める必要はありません。逆にブランド力を高めたいという方には朗報です。この先に答えを書いておきました。
2. どうすればブランディングできるのか?
2.1 ブランディングはメッセージから
「大企業でもない限り、ブランディングが生き残る唯一の道だということは理解した。しかしそう簡単にブランディングすることが、できるものなのか?」
このような疑問を持たれる方も多いと思います。その問いに答えるため、次の2つのメッセージを読み比べてください。
メッセージA
- これが新作モデルのPCです。
- 美しいデザイン、簡単な操作性、堅牢なセキュリティ。
- 一台いかがでしょうか。
メッセージB
- 世界を変えることができると本気で信じている、そういう人たちに私たちはツールを届けたい。
- 美しいデザイン、簡単な操作性、堅牢なセキュリティ。
- これが新作モデルのPCです。
- 一台いかがでしょうか。
メッセージAは一般的なパソコンベンダーのキャッチコピーです。一方、メッセージBは、熱狂的なファンを持つAppleのようなベンダーのキャッチコピーです。
2つのメッセージを比べて、どのように感じましたか。メッセージBの方が良いと思ったのではないでしょうか。着目していただきたいのは、メッセージの「構造」です。それでは、もう少し詳しく見ていきましょう。
2.2 消費者に刺さるメッセージの構造とは
分類 |
詳細 |
What |
自分たちが何を売っているのか Whatは「商品」のことです |
How |
どんな機能や差別化要因があるのか Howは「方法」のことです |
WHY |
なぜこのビジネスを行っているのか WHYは「理由」のことです |
先程のメッセージをこの分類に当てはめてみましょう。
メッセージA
分類 |
詳細 |
What |
これが新作モデルのPCです |
How |
美しいデザイン 簡単な操作性 堅牢なセキュリティ |
ゴールデン・サークルの外側から内側に「What→How」の順番で説明をしていますが、「WHY」についての説明はありません。
メッセージB
分類 |
詳細 |
WHY |
自分が世界を変えられると、本気で信じている人たちに、私はツールを届けたい。 |
How |
美しデザイン 簡単な操作性 堅牢なセキュリティ |
What |
これが新作モデルのPCです |
メッセージAとは説明の順番が逆です。内側から外側に向かって「WHY→How→What」の順番で説明しています。自分たちがなぜこのビジネスを行うのか、いわゆる「信念」を始めに説明しているのです。
2.3 最高目指すと価格競争に陥る
メッセージAのように、機能を中心に価値提案を行うと、それを模倣する企業が必ず出てきます。各企業があらゆる機能で最高を目指す競争が始まり、その結果、商品の特性が消えてしまうのです。
ハーバード大学経営大学院のマイケル・ポーター教授は、このような状況のことを「競争の収斂(しゅうれん)」と呼んでいます。最高を目指して努力する行為が、商品のコモディティ化に拍車をかけ、価格競争を激化させるのですが、多くの経営者はこのことを理解していません。
一方、メッセージBの場合は違います。顧客のニーズは多岐に渡っているので、自らが選んだ顧客に対して、独自の方法で価値を提供する。またそれを実現するために、バリューチェーンの調整を図る。これらのような改善を図ることになります。
また、改善の取り組みを「信念」として掲げるからこそ、顧客と特別な関係を築くことができるのです。顧客にとっての「価格」や「値段」といったものは、いくつもある変数のうちの一つでしかなくなるために、価格競争に陥ることはないのです。
2.4 高収益企業は商品ではなく信念を売る
まず始めに信念を伝えて、それに共感する人たちに商品を売るというアプローチが、高収益企業の基本的なプロモーションのプロセスです。このようなブランディング手法は「ファン マーケティング」や「オーセンティック マーケティング」と呼ばれています。
共感する人が増えれば増えるほど、また共感が深くなれば深くなるほど、熱狂的なファンが増え、それが価格に反映されて収益性を改善します。
熱狂的なファンを持つ多くの高収益企業が、この信念を全面に押し出すプロモーションを採用しています。
- ハーレーダビッドソンが売っているものは「バイク」ではなく「ライフスタイル」
- アルマーニが売っているものは「洋服」ではなく「エレガンス」
- スターバックスが売っているものは「ラテ」ではなく「サードプレイス」
これらの企業は商品の機能、スペック、デザインなどを細かく説明しません。信念を全面に押し出して、それに共感する人たちに商品を売っているのです。企業の信念に共感しているからこそ、商品の価格が高くとも購入するのです。
3. 消費者は企業の信念にお金を払うのか?
3.1 消費者は「自分にあったもの」を求める
信念を全面に押し出してプロモーションを行うことを、消費者はどのように思っているのでしょうか。消費者は本当に企業の信念にお金を払うのでしょうか。
この問いには、政府統計情報が答えを出してくれています。下記のグラフは、平成29年3月1日に経済産業省が発表した「消費者価値観の変化」に関する資料(※3)です。
※3:「消費者理解に基づく消費経済市場の活性化」研究 , 6-7 , (経済産業省 2017)
消費者価値観の変化(自分にあったものを求める)
回答 | H12 | H27 | 変化 |
とにかく安くて経済的なものを買う |
50.2% |
34.5% | ↘ |
自分のライフスタイルにこだわって商品を選ぶ |
22.9% | 31.8% | ↗ |
自分の好きなものはたとえ高価でも貯金して買う |
16.1% | 21.7% | ↗ |
自分が気に入った付加価値には対価を払う |
13.0% | 22.0% | ↗ |
これらを見ると、とにかく安いものを買いたいと考える層が減少し、自分の価値観に合致しているかどうかで、購買を決定している層が増加していることが解ります。
3.2 消費者は「共感」を求める
下記はは同じアンケート調査における、別の質問に対する回答です。
消費者価値観の変化(共感を求める)
質問 ①
- (A)商品の背景やストーリーまで含めて商品の価値
- (B) 商品は物そのものが重要で、物がよければ背景やストーリーは気にしない/気にならない
Aに近い | ややAに近い | ややBに近い | Bに近い |
9.8% |
50.8% |
34.6% | 4.8% |
[Aに近い] + [ややAに近い] = 9.8% + 50.8% = 60.6%
質問 ②
- (A)自分が買う商品が、より良い社会につながったらうれしい
- (B) 安いものを見つけた時はうれしい
Aに近い | ややAに近い | ややBに近い | Bに近い |
11.4% |
43.6% |
33.0% | 12.0% |
[Aに近い] + [ややAに近い] = 11.4% + 43.6% = 55.0%
60%以上の消費者が、商品そのものの価値ではなく、商品の背景やストーリーに価値を求めると答えています。また、55%が商品の背景や社会性の高さで購買を決定すると答えています。
これら2つのアンケート調査の結果から、現代の消費者は、自分の価値観に合ったものや、商品の背景や社会性の高さで、購入を決める傾向にあることが解ります。
消費者の価値観と企業の信念が一致すれば、ファンになって貰える確率が高まり、積極的に商品を購入してもらえるのです。現在、新たなブランディング手法である「ファン マーケティング」や「オーセンティック マーケティング」に注目が集まっているのも、このような購買行動の変化が大きく影響しています。安心してブランディングを進めていただいて結構です。
4. ブランディングへの転換が遅れるとどうなるのか?
4.1 ブランディングへの転換は死活問題
もしブランディングへの転換を図らずに、コモディティ化の進行を放置した場合、企業は倒産してしまうのでしょうか。
それではまず企業が倒産する主な理由を確認し、その理由とコモディティ化の関係性を探ることにしましょう。
下記は中小企業庁のデータ(※4)をグラフにしたものです。平成26年から平成30年までの5年間における中小企業の倒産を、原因別に積み上げています。
※4: 倒産の状況(平成31年2月分), 中小企業庁
原因別倒産状況
原因 | H26 | H27 | H28 | H29 | H30 |
販売不振 |
68.9% | 67.6% | 68.1% | 69.2% | 70.4% |
既往のしわよせ |
12.1% |
12.9% | 12.8% | 12.4% |
11.7% |
放漫経営 |
5.0% |
4.3% | 5.0% | 5.0% | 5.0% |
過少資本 |
4.5% |
4.5% | 5.4% | 4.6% | 4.2% |
連鎖倒産 |
5.7% |
6.3% | 4.7% | 5.3% |
4.5% |
信用性の低下 |
0.6% |
0.6% | 0.5% | 0.5% | 0.7% |
売掛金回収難 |
0.4% |
0.6% | 0.3% | 0.4% | 0.3% |
設備投資過大 | 0.7% | 0.7% | 0.8% | 0.6% | 0.9% |
その他 | 2.0% | 2.5% | 2.3% | 1.9% | 2.2% |
これを見ると、平成30年では70%を超える企業が「販売不振」を理由に倒産していることが解ります。
この調査により「販売不振」が最も倒産に影響を与えている要因であることがわかりました。次はこの「販売不振」とコモディティ化の関係を探っていきましょう。
4.2 販売不振の原因を探る
販売不振の原因は「販売単価の下落」と「販売量の減少」の2つに分解できます。
販売総額 = 販売単価 ✕ 販売量
この式見ると「販売単価」と「販売量」が同時に落ち込むと、急速に収益が悪化して、倒産する可能性が高まることは容易に想像がつきます。
コモディティ化を放置すると言うことは、価格競争を続けるということなので、当然ながら「販売単価」はジワジワと落ち込み続けます。
販売総額 (⬇) = 販売単価 (⬇) ✕ 販売量 (➡)
もし商品が成熟期に入ったり、代替商品が出てきたりすると、「販売量」が減少して、一挙に販売不振に陥ります。
販売総額 (⬇⬇) = 販売単価 (⬇) ✕ 販売量 (⬇)
この販売不振を他の商品でカバーできれば良いのですが、残念ながらその余裕がある企業は多くありません。普通の企業であれば、収益性が急速に悪化して、倒産の憂き目に会うことになります。
コモディティ化は販売単価を下落させるため、倒産する確率を高めてしまうのです。
5. どうすればブランディングが浸透するのか?
5.1 「信念」の浸透度とは?
ファンマーケティングやオーセンティックマーケティングを実践してブランディングを加速するには、お客様にあなたの会社の信念を浸透させ、ファンになってもらう必要があります。
それでは具体的に何をすれば、信念の浸透度が高まるのでしょうか。信念の浸透度の中身とは、一体何なのでしょうか?
「困難は分割せよ」とはデカルトの言葉ですが、まずこの浸透度を分解して、取り扱いを容易にしましょう。
はじめに浸透度を「質」と「量」に分け、そのあと構成要素に分解します。さらに細かく分解することも、別の構成要素を取り入れることもできるのですが、ここでは便宜的に5つに分解しています。
信念の浸透度
浸透度 = 質 ✕ 量
= (インパクト ✕ 理解度)✕(媒体数 ✕ 頻度)
= (インパクト ✕ 理解度)✕{媒体数 ✕ (希求性 ✕ 利便性)}
- インパクト
- 企業の信念を見ても、直ぐに忘れてしまっては意味がありません。お客様の記憶に残ることが大切です。
- 理解度
- 信念に対する理解が深まれば、それに伴って共感も深まり、ファンになってもらいやすくなります。
- 媒体数
- 信念が掲載されている媒体が増えれば、目にする回数も増加するため、記憶に残りやすくなります。
- 希求性
- 毎日見ている歯磨き粉のラベルに、何が書いてあるのか覚えていますか。見る回数が増えても、見たいと思う気持ちがなければ、記憶には残りません。
- 利便性
- 信念を伝えるのに、わざわざ会社案内を開かないといけないのであれば、説明の機会を失いかねません。簡単にアクセスできるように、複数のメディアに記載しておきましょう。
熱狂的なファンを増やすには、これら5つの構成要素をそれぞれ改善していけば良いのです。
5.2 「信念」を浸透させるにはツールが必要
ただ、これら5つの要素を改善したいからといって、営業マンに対して「商品ではなく信念を売れ!」と声高に叫んだところで効果はありません。
営業マンはお客様先でいきなり「私どもの信念は・・・」と話し始める訳にはいかないのです。信念を説明するには、それなりの必然性やストーリーが必要です。
自然な流れで信念を説明するには、一度、お客様との接点を全て洗い出し、そこで目にするものに、自社の信念を記載しておくことと、その信念を説明するための具体的なストーリーを用意しておくこと、このふたつをお薦めしています。
名刺、提案書、カタログ、チラシなどに、会社の信念を記載しておけば、自然な流れで自社のストーリーを話すことができます。
6. まとめ
6.1 ブランディングとは「信念」を売ること
商品の機能で最高を目指すと、必ずそれを模倣する企業が出てきます。全ての機能で最高を目指す競争が始まり、商品の特性が消え、価格競争に陥ります。
これを避けるにはブランディングを進めることが、有効な手段の一つとなります。他の企業と競争するのではなく、多種多様なお客様の課題に対して独自の価値提案をする、それによってお客様の特別な存在になることができれば、価格競争を回避することができます。
ブランディングするには、ファンマーケティングを実践することが大切です。熱狂的なファンを一人でも多く増やす、そのために信念を伝えるのです。まず始めに信念を伝えて、それに共感する人に商品を売る。これこそがブランド育成への近道です。
(ちなみに私のこだわりの品は、愛犬用のドッグフードです🐶・・・こんな感じの犬ではないですが)